第四手:それでも、◽️は残る
夜。雨が降っていた。窓を叩く雨音が、部屋の沈黙に反響していた。
彼は座ったまま、何時間も動かずにいた。壊れたように、何もせず、何も考えず。ただ、ぽつりと漏れる言葉があった。
「……俺は、彼女の何を知ってたんだろうな」
恋だったのか、執着だったのか。救われたと思っていた手が、奈落への鍵だったのか。温もりだったのか、幻だったのか。もはや分からなかった。でも…もし、本当にすべてが狂っていても。
「“ありがとう”くらい、言えればよかったな」
そうつぶやいた瞬間だった。
スマホが、突然震えた。
通知はない。誰からのメッセージも、着信もない。ただ、画面にひとつの言葉だけが浮かんでいた。
『ありがとう。君が私を見てくれたあの日、私、本当に『生きてた』んだ。』
手が震える。画面が暗くなる前に、もう一度表示が変わった。
『これ以上は望まない』
『ただ、ほんの少しだけ、君の記憶の片隅で、生きさせて』
『それで、十分だよ』
その瞬間、彼の頬に一筋、涙が流れた。恐怖でもない、絶望でもない。それは、喪失の痛みによって浮かんだ、確かな『感情』の証。
あの日の彼女の微笑みは、きっと狂っていた。だけど、確かに彼だけを見ていた。どんなに歪でも、それはきっと恋だった。彼は、深く息を吸って、呟いた。
「…君のこと、忘れないよ。ずっと、ずっと…」
スマホの画面は、ただ静かに真っ黒に戻っていた。
…ふと、我に返る。思い出すのは、あの嫌な音、腹の感触、そして彼女の感情…その狂気。
何がありがとうだ、彼女こそ俺をここに落とした張本人じゃないか。何を感動しているんだ、こんなもの、マッチポンプ以下だ。
俺は…俺はいったい何を感じていた?そもそも、彼女はどうやって俺のアドレスを入手したのだ?
「あーあ、そのままだったらもっと楽だったのに」
声が、した。聞き覚えのある声、忘れたくても忘れられないもの。
後ろを振り向いた。その直後、彼女は彼に抱き寄る。懐かしい感触、彼女の体温も、腹の熱さも。
「言ったでしょ…最後まで、付き添ってって」
ごぽり、と。喉から声を出そうともがく。鈍い泡の色が、誰にも届かずに霧散した。そのまま彼は、畳の上に倒れる。意識が遠ざかっていく、その時。彼は確かに耳にした
「今度は、夢じゃないよ」
月は、夜空になかった
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