桜舞う奇妙な転校生

すぎやま よういち

第1話 転校生

桜並木が続く通学路。


 新緑の葉が太陽にきらめく久留米市の小学校で、田中健太たなか けんたは浮かない顔でランドセルを揺らしていた。


 小学4年生になったばかりの健太は、ちょっとしたことで落ち込んだり、すぐに感動したりする、ごく普通の男の子だ。


 今日の彼の頭を悩ませているのは、昨日からクラスにやってきた転校生のこと。


 その名は星野キララほしの きらら


「なー、健太。キララちゃんってさ、なんか変だよな?」


 健太の隣を歩く親友の佐藤ユウキさとう ゆうきが、小声で囁いた。

 ユウキはサッカー部のエースで、いつも元気いっぱいのムードメーカーだ。


「変って言うか……なんだか、こう、浮世離れしてるっていうか?」


 健太は言葉を選びながら答えた。


 昨日、キララが自己紹介したときのことを思い出す。

 キララは、ふわふわの茶色い髪を揺らし、まるで宝石みたいに大きな瞳をキラキラさせていた。


「わたくし、星野キララと申します! 

 好きなものは、きらめく星々とおしゃれな魔法陣、そしてとびきり美味しいエルフのパンケーキですわ!」


 その時、クラスの全員がぽかんと口を開けた。

 担任の木村先生きむらせんせいでさえ、一瞬固まっていたのを健太は目撃している。


 机の上には教科書だけでなく、分厚いファンタジー小説が何冊も積まれていた。


 クラスメイトたちは、キララを変わった子だと思っているようだったが、健太はなぜか、彼女の言葉が嘘だとは思えなかった。妙にリアルな響きがあったのだ。


 教室に入ると、キララはすでに自分の席に座っていた。


 彼女の机の上には、鉛筆や消しゴムと一緒に、見たこともないようなキラキラした石がいくつか置かれている。


 まるで、おもちゃの宝石のようだ。健太が席に着くと、キララがふいに顔を上げた。


「あら、健太さん。おはようございます。

 今日の朝食は、地球の米というものでしたわ。わたくし、ちょっと感動してしまいましたのよ!」


 キララが身を乗り出して、声を潜めて話しかけてきた。

 その顔は、まるで秘密を打ち明けるかのように真剣だ。


「え、あ、うん、おはよう……」


 健太はたじろいだ。地球の米って、まるで自分たちが宇宙人みたいじゃないか。

 ユウキが健太の肘をつつき、ニヤニヤしながら首を振る。

「おいおい、健太。あいつ、マジでやばいって。転校してきて、まだ一日も経ってないのに、もう宇宙人扱いかよ?」


 ユウキの言葉に、健太は困ったように笑った。


 しかし、健太の心の中には、ある疑問が渦巻いていた。

 キララは本当に、どこか遠い星から来たのだろうか? 


 それとも、彼女が言う「異世界」とやらは、本当に存在するのだろうか?

 授業が始まり、木村先生が黒板に漢字を書き出した。健太はノートに文字を書き写しながらも、キララのことが気になって仕方がない。


 ふとキララのほうを見ると、彼女は真剣な顔で教科書を覗き込んでいる。その横顔は、やはりどこか神秘的で、まるで絵本から飛び出してきたお姫様のようだった。


 昼休み、健太とユウキは校庭でサッカーをしていた。ボールを蹴りながら、ユウキが再びキララの話題を口にした。


「なあ、健太。今日さ、キララちゃんが『魔力がないから、今日の体育はちょっと苦手ですわ』とか言っててさ。あれ、冗談だよな?」


「さあ……。でも、もしかしたら、本当に魔力とかあるのかもしれないぞ」


 健太はそう答えたが、自分でも信じられないような気持ちだった。魔力なんて、漫画やゲームの中だけの話だ。なのに、なぜキララの言葉には、そう思わせるような説得力があるのだろう。


 その日の放課後、健太は図書館にいた。クラスの図書委員なので、当番の日なのだ。健太は返却された本を棚に戻しながら、ふと、ある一冊の本に目が留まった。

 それは、古びたファンタジー小説だった。『エルフと魔法の国の物語』。表紙には、見慣れない文字でタイトルが書かれている。もしかして、キララが言っていた「エルフ」のことだろうか?

 健太が本を手に取ると、背後から声が聞こえた。


「あら、健太さん。その本は、わたくしのお気に入りですわ」


 振り返ると、そこにいたのはキララだった。彼女は、目をキラキラさせながら健太の手にある本を見つめている。


「え、これ、キララのお気に入りなんだ?」


「はい。この本に書かれている魔法陣は、わたくしの故郷で使われていたものと、そっくりなのですわ。わたくし、図書館でこれを見つけた時、本当に驚いてしまって……」


 キララはそう言って、本の中のイラストを指差した。そこには、複雑な模様の魔法陣が描かれている。


 健太は思わず、その魔法陣に触れた。その瞬間、本のページから淡い光が放たれたような気がした。錯覚だろうか?


「……あのさ、キララ。もしかして、本当に異世界から来たの?」


 健太は思い切って尋ねた。キララは、少し目を伏せて、それからゆっくりと顔を上げた。


「わたくしは……。ええ、そうなのですわ。わたくしは、はるか遠い異世界から、この地球に迷い込んでしまったのです」


 キララの言葉に、健太は息を呑んだ。心臓がドクドクと音を立てる。信じられない、信じたくない、でも、心のどこかでずっと感じていた予感が、今、確信に変わった。


 キララの瞳は、真剣そのものだった。その瞳の奥には、どこか悲しみが宿っているようにも見えた。


「この世界に来たとき、わたくしは途方もない力で弾き飛ばされ、意識が朦朧としましたの。気がつくと、見慣れない建物と、見たことのない乗り物がそこら中に溢れていて……。魔法の気配もほとんど感じられず、まるで別世界に迷い込んだような感覚に襲われたのですわ」


 キララはそう言って、少し震える声で続けた。


「わたくしの故郷では、人々は魔法を使い、精霊と共存していました。でも、この世界では、みなさん奇妙な箱型の機械を使いこなし、とても便利な生活を送っていますわね。しかし、その分、自然の力が弱まっているようにも感じます。特に、精霊たちの声が、ほとんど聞こえないのが寂しいのです」


 彼女の言葉に、健太はハッとした。確かに、この久留米市でも、車やスマートフォン、テレビなど、色々な機械が溢れている。それが当たり前の生活だと思っていたが、キララの目には「奇妙な箱型の機械」と映るのだ。そして、キララは、この世界に戸惑い、孤独を感じているのかもしれない。


「じゃあ、なんで地球に……?」


 健太は尋ねた。キララは再び目を伏せ、深呼吸をした。


「わたくしの故郷は、今、危機に瀕していますの。邪悪な魔物が現れ、国を、人々を苦しめているのです。わたくしは、その魔物を倒すための手がかりを探して、この世界に辿り着きました。しかし、この世界では、わたくしの魔法はほとんど使えません。魔力が、うまく身体に馴染まないのです……」


 キララの声は、次第に弱々しくなった。その顔には、故郷を案じる深い悲しみが刻まれている。健太は、キララが単なる変な転校生ではないことを悟った。彼女は、本当に助けを求めているのだ。そして、彼女の悲しみが、健太の心に強く響いた。


「キララ、俺、何かできることあるかな?」

 健太は思わずそう口にしていた。キララは、驚いたように顔を上げた。その瞳には、一瞬の光が宿った。


「健太さん……?」


「俺、キララのこと、助けたい。一人で悩まないでほしい。俺に、何か手伝えることがあったら、何でも言ってくれ!」


 健太の言葉に、キララの瞳が潤んだ。彼女の顔に、ようやく安堵の表情が浮かんだ。


「健太さん……ありがとう、ございます。わたくし、嬉しいですわ……」


 キララはそう言って、健太の手をそっと握った。その手は、小さくて温かかった。健太の心に、これまで感じたことのない強い気持ちが湧き上がってきた。異世界から来た転校生、星野キララ。彼女の秘密を知ってしまった今、健太の日常は、もう元には戻らないだろう。

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