第十二話 不穏
影葉め、中々に小賢しい。
私の姿を模した人形と場所が特定できない本体で息の合った連携を行うことで、私に攻撃の隙を与えない。
いや、攻撃の隙を作ると不味いと踏んでの事だろう。
私は可能な限り消耗の少ない形で彼女達の連携を耐えながら、この連携を突破する隙を伺う。
現状殆ど私は防戦一方で、現状での彼女の戦い方は、本人が絶対に姿を見せないことに徹底している。
勿論、意図としては本体が攻撃されては元も子もないからであろう。
しかしそれ故に、人形の扱いは案外ぞんざいである。
彼女の能力であれば、人形に自律思考を持たせ、柔軟な戦術を生み出すこともできるが、
第二第三の私のような存在が生まれることを危惧して、力を抑えているのだろう。
人形を操りながら影葉本人は隠形を使いつつも監視の目を行使している。
当然、自律思考無しに、影葉自身が動きながら人形の精密な操作が出来るわけもなく、人形の行動パターンがある程度固定化されている事に私は気づく。
本体である影葉が矢を放った後、私に隙を与えぬために、一定のタイミングで矢を射るのだ。
後、影葉は一つ勘違いしている。
私が使えるのが弓だけではないという事を彼女は知らない。
そして、影葉がまた私の死角から矢を放ってくる。
その行動を確認した後、私は人形の方へ全速力で距離を詰める。
人形は本来、私が近づいたタイミングで逃げる筈なのだが、私に矢を射るという行動が優先され、即時には逃げることは叶わない。
私は左手の盾で人形の放つ矢を弾き、右手に顕現させた直剣のE.R.A.Dの届く距離へと人形の方に飛び込む。
その人形の眼には生気を感じないものの、見た目は完全に私と同様であるため、
もう一人の自分を殺すようで、剣を振るう事に抵抗感を覚えるが、私は彼女の胸へと右手の直剣を突き刺す。
その感触は本当に人間を刺したかのような嫌な感触が右手を襲い、そしてその胸からは人と同様に赤い血が流れている。
人に似せるといってもここまで似せる事は無いだろう。本当に悪趣味な能力だ。
しかし、その悪趣味ゆえに私が存在することも事実、この矛盾する感覚に少しの間支配されていたが、
影葉の放つ矢が私の顔をかすめる事で正気を取り戻した。
「影葉、貴方の甘い戦い方では私には及ばない…。」
そして、私は天に矢を放つ。
すると、深い紫色の暗黒球から、矢が雨の様に降り注ぐ。
もはやこの攻撃を避ける為の弾除けとなる物はこのフィールドには存在しない。
雨が止み、潜伏していたと思われる影葉の気絶の確認をもって、私は勝利を勝ち取った。
――――――
「いや、まぁ大方の予想通り香織が勝ったみたいだね。」
あの後、緋羽は僕の頭を膝の上に乗せながら二人でタブレット越しに影葉と香織の戦いを観戦していた。
緋羽はその言葉と裏腹に少し不満そうな顔をしている。
「何か納得いかなかったの?緋羽さん。」
僕はそう聞くと
「いや、影葉にも勝ち目が十分にあったのに、それを生かさないのが少し不可解だったのがね。」
「折角アレほど人間を模した精巧な人形を操れるんだ。」
「命乞いでもさせれば十分に香織を動揺させる事が出来ただろうに。」
「彼女自身が、人形に自我など存在しないと理屈ではわかっていても、自身がその理屈に反する形で生まれてきている以上、香織も直ぐには割り切れなかっただろう。」
緋羽はそう言いながら、子供のような無邪気な笑顔を浮かべている。
僕自身も、そう言った方法は頭に浮かんではいたが、それを影葉の性格で思いつけるかというと
Noと言えるだろう。この方法は、あまりに非人道的で、勝ちに執着しすぎている。
緋羽にとっては人間の感情すらパズルを解く事とさほど変わらないのだろう。
故に、影葉が何故その結論に辿り着けないのかが理解できない事に苛立っていたようだ。
僕はそんな緋羽の顔を見ながら、紅ならどう思うんだろう?と思っていると
研究室の扉が開き、示し合わせたかのように当人が現れる。
「やぁ真。目を覚ましたみたいだが、ご機嫌いかがかな?」
そう言って紅はポットにお湯を入れて、コーヒーの準備を始める。
「おはよう、紅さん。僕達のペアは負けちゃったみたい。残念。」
「ん?…ああ、試合は終わったのか。」
「見ていなかったの?」
「結果が分かる勝負を、わざわざ見る必要は感じないな。」
そう言って彼女はため息をつく。
最初から香織が勝つ事を分かっていたようだ。
「影葉では香織の覚悟に遠く及ばない。」
「勿論、彼女にも彼女なりの信念はあるだろうが、人間の根源的な欲求である生きたいという意志に敵うはずもない。」
紅は澄ました顔で、コーヒーを啜りながら椅子の上で足を組んでいる。
「生きたい?…、香織の生きたいという意思がなぜ大事なの?紅さん。」
まるでその言い方だと彼女は死が近い様な言い分のように聞こえる。
「そうか、香織から聞いて居なかったか。」
「であれば、私からこれ以上言えることは無い。今の言葉は忘れてくれ。」
そう言って彼女はお茶目な表情を浮かべながら、人差し指を唇に当て、空いた方の手で僕の口に親指サイズのチョコを放り込んだ。
「で、本題なんだが、鏡君。
「管理していた倉庫から無くなってしまったようでね…。」
「アレが野放しになっていると問題になりかねないんでね、一応聞いておこうと思ってね。」
「いや?私は触っていないが…。」
「そうか、ではもう手掛かりが無くなってしまったな…。」
「そこそこ危険な物なんだが…、打つ手がなければ仕方がないか…。」
紅は右手でチョコをつまみながら左手で自身の髪の先を指先でくるくると弄ぶ。
「いや、待て。」
緋羽は少し上を向き、目を見開く。
何かを思い出したようだ。
「そう言えば、異邦の欠片に関する私の論文へのアクセス要求があったから、承認した覚えがある。」
「申請要求の理由は何だったか…。」
「確か、異邦の欠片が
「申請者の名前は?」
紅はすかさず緋羽に聞き返す。
「何だったか、確か伏見…蓮とか書いていたような気がするな。」
伏見蓮?僕と戦っていたあの拳使いの男だったのか、にしてもなぜ彼が異邦の欠片?とやらに興味を持つのだろうか?
「そういえば…、戦いの終わり際に妹がどうこうって言ってたような…。」
僕がそう言葉を零すと、紅は顎に指を添えて考え込む。
「なるほど、それは気になるな…。」
「彼が異邦の欠片に関係すると断定する訳では無いが、後々調べてみよう。その情報、助かったぞ、真。」
「ほら、もう一つ食べるといい。」
そう言って紅は僕の頭を撫でた後、チョコを僕の口に運ぶ。
僕は口の中に甘い味が広がる反面、なぜか胸中は嫌な予感が立ち込めていた…。
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