第六話 悟性
「ここまで才が無いとは困りましたね…。」
凛音は呆れた様子で、息も絶え絶えな僕を見つめる。
紅の働きかけによって、僕は神代姉妹の弟子となってから一週間が経った…。
しかし、自分で言うのもなんだが、一向に目覚ましい成長の兆しはない…。
別に、適当に訓練している訳ではないし、神代姉妹の教え方が悪いというわけでも無い…と思う。
まぁ、ポジティブな面で言えば、基礎体力が少し上がった事ぐらいか。
訓練当初のトレーニングメニューでは3kmのコースをウォーミングアップとして走ってから、剣術の訓練に移っていた。
最初の2~3日は3kmを走るだけで、息が切れていた。
僕の横で焔が並走していたが、背中に大太刀を担ぎながらも、
彼女は汗一つ落とす事無く走り抜けるが、僕は息も絶え絶えで、剣術訓練に至るまでにバテていた。
そもそも運動が元々得意でも無いし、中高は運動系の部活に入っても無かったわけで、当然と言えば当然かもしれない。
剣術訓練においては、凛音の放つ剣の一撃は、その細い腕からは考えられない重さを持っていて、
僕は両手で剣を受けているにもかかわらず、未だに彼女の一撃の力を逃がしきれず、両手が痺れて体力をかなり消耗する。
本来、その力を上手く足から逃がすことで体力の消耗を抑えられるようだが、未だに上手く出来てはいない。
自分の身体をそのまま使って、無理やりその力を受け止めている…。
これでいて、彼女の持つ力の2、3割程度しか、出していないらしい…。
その上、凛音と違って、焔の大太刀は力だけで言えば、凛音と比べ物にならない威力らしい…、
凛音の方針としては段階的に焔の大太刀とも組み合う予定らしいが、
今の僕のように力を力で無理やり受け流すような防御では、到底太刀打ち出来ないそうで、実際に組み合うのは大分と先の話になりそうだ…。
当初、彼女は僕の成長の方向に合わせて、得意な部分を伸ばす方針で鍛えようとしていたようで、
様々なアプローチで僕の潜在的な力を探っていたが、そのどれもが彼女にとってイマイチな結果だったらしい。
結局、基礎体力を伸ばすことと、相手の攻撃に慣れるという意味での、剣を受ける防御的な練習を主として行っている。
剣術面ではイマイチな僕だが、C.O.R.E能力の部分では…
変わらずイマイチだ…、感情を昂らせるであったり、奮わせるらしいが、上手く行かない。
言葉に表現するのは難しいが、感情の高ぶりが一定の閾を超えると、スッと冷めてしまう。
師である焔は、本当の窮地に陥らなければ、力が出ないタイプかもしれないな。と半分慰めのようで、半分諦めたような言葉を告げていた。
適性検査の結果から薄々、こうなることの予測はしていたが、実際に目の当たりにすると、流石に少し落ち込まざるを得ない…。
そして僕は、訓練によって満身創痍になった身体を引きずって、鏡の研究室へと向かった…。
――――――
「君、定期的に来たまえとは言ったがね…、私は君の看病をするために呼んでいるわけでは無いんだぞ…。」
緋羽は気だるげな面持ちで、僕の看病を続ける。
文句を言いつつも、いつも最後まで手当てしてくれるのは、なんだかんだでお節介焼きの一面があるのかもしれない。
今は、神代姉妹の苛烈な訓練の後に、緋羽の所に行って、
その訓練データを元に、僕のE.R.A.Dの調整という一連の行動がここ最近のルーチンになりつつある。
そのついでに、緋羽は僕の身体を手当てしてくれる。
非常にありがたい存在だ。
「まぁ、これが終わったらいつも通り頂くとしようじゃないか。」
そう言って緋羽は僕の怪我に手を当て、その手から緑色の柔らかい光を放出する。
どうやら、緋羽は回復系のC.O.R.E能力を持っているようで、その光に当たると、心地よいまどろみを僕が襲う。
これが終わったら、いつもの吸血行為が始まる。
「今日もやっぱり、手加減は無いのかな?」
僕がそう聞くと。
「当然だ、我慢したまえ。」
そう言って緋羽は僕の首に牙を当てると、急激な眠気と共に意識が遠のいていった…。
――――――
「ねぇ、真。それってホント?」
謎の彼女の声と共に僕は夢を見ていることを自覚する。
彼女はモヤがかかってはっきり姿を捉える事は叶わないが、いつもの彼女とは違う気がする。
「ああ、キミが望むというのであればいつまでも構わない。」
夢の中の僕は彼女の問いかけに答える。
どうやら何かの約束事をしているようだ。
「ホント!?いつまででもいいのね!絶対、絶対だよ!」
彼女は嬉しそうな声を上げて、どこかへ走っていく。
よっぽどその約束の内容が彼女にとって嬉しいものであったことが伺える。
彼女の後ろ姿が消えると共に、目が覚める。
――――――
「君、やっと起きたかね。」
そう言って緋羽は自分の膝の上に乗せた僕の頭を優しく撫でる。
「で君、中々苦戦しているようだね。」
「まぁ、おおむね才能が無くて困っているんだろう。」
どうやら、彼女には全てお見通しのようだ。
「無理やり何とかする方法はあるにはあるが、つまらないだろう。それに、君にはお勧めできない。」
「敢えて言うならそうだな…。」
「
そう言って彼女は僕を撫でる手を止め、手を掴んで立ち上がらせた。
「ヒントは十分、後は自分で考えたまえ。」
そう言って僕の手を引いて出口まで案内し、優しく外へ押し出すと、彼女は研究室の中に消えた…。
――――――
僕は彼女が行った諦めるという言葉の理由について考えていた。
諦める事とはなんだ?
彼女は僕がC.O.R.Eと戦闘の訓練をしているという背景を考えてこの言葉を僕に投げかけたことを伺える。
それに置いて諦める?修行自体を諦めるということなのか?
しかし、奨励祭と言う名の戦いの場がある以上、そういう訳では無いだろう。
なにせ、僕はまだパートナーの影葉と連携を取るための練習すら出来ていないのだ。
当然、僕の実力不足という現状において、それをする意味は無いということは凛音から釘を差されている。
そして、僕はヒントになりうる、あらゆるジャンルの本を図書館から借りて、
思案しながら、本を読み夜を過ごすと、意外な本からある一つの考えに辿り着いた。
――――――
「凛音さん、焔さん。今日の練習は少し相談があるんだけど、良いかな?」
僕は意を決して、練習を始める前の二人に声をかけた。
「ええ、なにか?」
凛音が涼しそうな顔をして返答する。
「今やってるC.O.R.Eの練習と格闘戦の練習だけど、纏めてやって貰うことって出来るかな?」
その言葉を聞いた凛音は呆気にとられた顔をする。
「貴方自分が何を言っているのか理解しているの?どちらにおいても素人同然の貴方には高望みです。私は許可しません。」
そういう凛音の顔からは怒っていることが伺える。当然のことだ。
彼女からすれば全てにおいて未熟な弟子が自分のやり方にケチをつけてきたようなものだからだ。
「まぁ姉上、そう怒るな。真も真なりの考えがあって提案してきたんだろう。」
すかさず、焔が凛音を宥める。
「私も私でハッキリ言って飽きてきたしな。」
「真には酷だが、才能が全く無い人間に教えても、どうしようもない気がしてきたよ。」
「C.O.R.Eだけにおいて言うなら、まだ全てが理論的に解明されたものでもない。それに、それぞれによって能力の引き出し方も違う。」
「おおよそ共通点としては、自身の感情をいかに昂らせるかが大事になるが、真はあまり感情を昂らせることが得意でない。」
「そもそも、感情が昂ぶらない性格、もしくは自分自身で感情に鍵をかけているのか、それともトラウマなのか、はっきりしたことはわからないが。」
「少なくとも今と同じままのやり方で良くなることは無いだろう。であれば、新しいやり方を試してみるのも悪くはないのではないか?姉上。」
普段の焔が僕に対してここまで多く語ることは無かったが、どうやら焔自身も今のやり方には限界を感じていたようだ。
才能が無いことについては薄々感じていたのもあって、寧ろここまで言われると清々しいとすら思える。
焔の言葉を受けた凛音は少し俯いた後
「焔がそこまで言うなら分かったわ。今日からは貴方の思うようにやってみなさい。」
そう言って凛音は剣を構える。
彼女から迸る威圧感に、少し気圧される。
「ありがとう、凛音さん、焔さん。」
そう言って、僕も剣を構える。
数秒ほど見合った後、凛音が前に切り込みにかかる。
かろうじて僕はそれを剣で受け、後ろに下がり、左手に力を集中させ、C.O.R.Eを発現させる。
凛音は警戒を強めるが、僕は彼女に向かって左手の内に秘めた僕自身の
昨日の夜、植物図鑑を見ていて思いついたアイデアだ。
僕のC.O.R.Eは直接的な攻撃を得意とはしないが、今までの練習から
蔦であったり花であったりの単純な植物を生み出す事は可能であるという事が分かった。
当然、トリカブトやウルシなどの有毒植物を生み出す事が出来れば戦闘に役立つと思い、生み出そうとしたが
形こそトリカブトであるが、有毒ではないものが生み出された。
おそらく五行における金や水の要素が無い場合"毒"の要素を生み出す事が出来ないのだろう。
もしくは僕自身の木の属性が弱すぎるという可能性もあるが…。
かくして、僕は黒種草を用いた目潰しを思いついたという訳だ。
彼女は僕のC.O.R.Eによる目潰しを受けまいと左手で目を庇い、僕の剣のリーチから離れるために後ろにステップを行う。
その隙を狙うように僕は右手の槍を彼女の胸目掛けて突き立てる。
が、彼女の左手に顕現した小盾によって弾かれてしまう。
「攻撃途中にE.R.A.Dを変形させて槍に変えるとは中々考えましたね…。」
「貴方も九重と同様特殊なE.R.A.Dを使っている事を失念していました。しかしこれで終わりです。」
そう言って彼女は僕に再度切りかかる。
次に僕はE.R.A.Dを収納し、両腕からC.O.R.Eを発現し、
が、彼女によっていともたやすく切られてしまう。
「その程度の植物で私の剣が止められるとでも?」
彼女は僕の生み出す蔦を次々と切り落とし距離を詰める。
僕はじりじりと壁に追い詰められていき、ついには逃げ場を失った。
僕は最後の力を振り絞り、彼女に向かって蔓を伸ばす。
その蔦はこれまでの蔦と違い茶色の枯れた蔓だ。
彼女は先ほどと同様にその蔓を切ろうとするが、刃が通らず、枯れた蔓は彼女の剣と手を拘束する。
「何!何故!?」
凛音は動揺している隙をつくように、僕は右手の剣を彼女に振るう。
僕は殆ど勝ちを確信していたが直後、強烈な冷気が僕を襲い、彼女は右手に持つ剣で僕の眼前に剣の切っ先を据える。
「残念でしたね真。しかし私にC.O.R.Eを使わせた事は評価しましょう。」
そう言って凛音は剣を降ろす。
「まぁまぁ姉上、負けず嫌いも程々にな。褒める時は褒めないと伸びないぞ。」
「とはいえ植物を大量に切らせて敢えて切れ味を落とすとは中々考えたな。」
「その後に切りにくい枯れた蔦を出すことで只でさえ切りにくい蔦が力任せで切れなくなるわけだ。」
「姉上がC.O.R.Eで蔦ごと凍らせて砕かなかったら一本取れていただろう。流石だ。」
そう言って焔が僕の頭を撫でながら状況を分析する。
僕が対凛音に対して練った戦術は焔によって概ね暴かれた様だ。
「で、真。お前はまともに戦う事は
そうだ。僕はまともに戦うことを諦めたのだ。
自転車に乗って、車に速さで挑んでも意味がない。
結局の所、目的が勝利である以上は搦め手を使おうが何をしようが勝てばいいわけだ。
そう考えると紅が凛音と戦った際の戦い方も理解ができる。いや、自分で考える事で深く理解ができたといえる。
「私はその戦い方をあまりお勧めはしないですが…。」
凛音はこの戦い方に承服しかねるようだ。
彼女曰く、相手の戦い方や癖を予め知っていなければならない為、情報の無い突発的な戦闘においては無力であるためだそうだ。
「私は賛成だが。真にあっている戦い方だと思う上に、何せ今までのやり方は地味で飽きているんだ。」
「搦め手の知識は多少私にもある。姉上が嫌であれば私が単独で教えよう。どうだ真?構わないなら私の手を取れ。」
新しい玩具を見つけた時のような顔をしながら、こちらに差し伸べる彼女の手を、僕は迷うことなく深く掴んだ…。
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