第16話 目を覚ますと

「軽い脳震盪だろう」

 目を開いた志喜に、茅野は溜息をつきそうな息遣いだった。見慣れない一室だった。

「家の中。ま、離れだけどな。皆はまだ準備中」

「そう」

 言いながら上半身を起こす。チコがほっとした表情を浮かべる。

「そこのあやかしと憑き物のおかげだ」

 志喜がぶっ倒れて、通常モードのセーラー服姿に戻ったあおゆきが志喜を担いで、茅野の先導で拝殿脇の家内へ。布団に寝かせた後、チコが志喜の状態を診て、さらには回復を早める術を施していたのだと言う。

「そうか。ありがとう。チコ、あおゆきさん」

 志喜に寄り添うチコは、その謝辞にほんわかと笑みになる。

「私にはよく分からん術だったが、恐らく害はないだろうと思う。それより、一体なんなんだ。この連中は」

 憤懣とした声色の茅野が志喜に詰め寄る。

「まったくぶしつけな奴だ。聞き方にも礼儀があるというのに」

「んだと? まだやるってのか?」

「私はかまわんが」

 あおゆきと茅野の間がまたしても不穏になるのを

「ちょっと待ってよ。茅野、まず聞けよ。あおゆきさんもいいよね?」

「ああ、その石頭が理解できるように頼みます」

「んだと?」

 一瞬にして再び喧々囂々が始まろうとする。

「茅野! えーっとね……」

 志喜は来島してからの顛末を掻い摘んで話したのだが、節々で茅野からの質問があり結果として詳細に語らなければならなかった。

「なるほどね。けど、結局のところキセツに迷惑かかってるんじゃないか?」

「先程の都筑君の負傷は貴様のせいだろ」

 あおゆきの正論に、

「あ、あれは不可抗力だ。まさか竹が降って来るとは誰も思わないだろ」

 茅野劣勢である。言い訳に力がなかった。

「それよりもだ。キセツ、憑き物は祓うべきだ」

「茅野……」

 どう答えていいか志喜が分からずにいると、あおゆきが代わりに反応した。

「それは否定はしない。人間の側からすれば、そういう思考を持ったのも無理からぬことだからな。しかし、どうだ? 相手の言い分に耳を傾けずに、いきなり攻撃をしかけてくるというのは、ゴミシンケとして浅はかではないのか?」

「憑き物の御託などいらん」

 あおゆきは憑いているわけではないが、二人の会話にじれったさを感じた志喜が、

「あのさ! ゴミシンケって何?」

 途中に出た聞き慣れない言葉の説明を求めた。

 ゴミシンケとは、祈祷や祭事の他に、憑き物を祓うことができる民間宗教の家筋の者のことを島内での呼称であり、島内には何人かいる。今日まさに祭事が執り行われるこの家がまさに該当するのだった。

「ふーん。で、茅野も……?」

「そう。私も、ていうか家が関係してる。受験も終わったしな。旅行って気晴らしもできるし。殺伐とした都会生活を離れて、分刻みの時間に縛られない田舎の春を愛でる。なーんてね。て、のんびりできるかと思っていたら、手伝いだって。しかも、あんたがいるじゃない。変なの連れて」

「姫様を愚弄するなら、容赦はせんぞ」

 あおゆきが殺気に満ちた目で茅野をにらんだ。

「さすがあやかしものは、強烈な殺気ですなあ」

「二人とも!」

 布団から身を乗り出さんばかりの志喜は、まるで喧嘩を仲裁する先生のようである。

「茅野、僕のことなら、チコは祓わなくていい」

「キセツ、お前なぁ。憑き物がいるってことはな……」

「それはあおゆきさんから聞いている。危ないことってことも、僕の体調がおかしいことも。でもいいんだよ。ちゃんと防御策も練ってもらっているし、合意と了解の上で、チコといるんだから」

 志喜はチコの頭を撫でた。それを見て茅野は大きくため息をついた。

「ま、依頼されたわけでもないし。キセツ、お前がそういうなら今は何もせんが、祓いたくなったらいつでも言ってくれ」

 不敵な笑みを作ってはいるものの、それは渋々受け入れたことをごまかしているだけだった。

「そろそろ時間だな」

 祭事が始まる時間が迫っているようで茅野が壁掛け時計を見た。すると、室外から大きな声が聞こえた。

「志喜ー。始まるぞー」

 父であった。

 茅野を先頭にして部屋を出て、拝殿に向かった。

 拝殿内は、真新しく改装されたばかりで、板張りが瑞々しい。祭壇が設けられ、野菜、果物、お菓子やジュース類、御神酒が所狭しと並べられ、尾頭付きの魚も供えられていた。

 そこに集まった人々が正座をしていた。志喜とチコ、そしてあおゆきは壁際の隅っこで座ることにした。茅野は儀式の手伝いともあって、志喜たちから離れた。

「父さん……」

 志喜は頭を抱えていた。なぜなら志喜の父はカメラを抱え、良いアングルで撮れるようにするためだろうか、ウロウロとしている。更に目を凝らせば、一番前の席にはカメラを首に下げた母がおり、大学ノートを開いてペンを持っていた。ネタが出たらいつでも書けるように準備は万端であった。

「それでは只今より始めさせていただきます」

 祭事を取り仕切るであろう、初老が挨拶をした。その出で立ちは神主のようであったが、その長い帽子や、着物や、手にしている御札のようなものが何と言うのか、志喜には門外漢であったが、その格好で祭りの厳かさを感じ取れた。

「あおゆきさん、本当に大丈夫? なんなら外に出ようか?」

 志喜は耳打ちをするが、

「いや、大丈夫。茅野とやらから聞いた内容と供物の配列を見ただけだが、やはり姫様には害にならんようだ」

 あおゆきが小声で答えた。

「チコにはって、あおゆきさんには?」

「無論、大丈夫だ」

「そう。でも無理しないでね」

「ああ。そうする」

 言い終わると同時に太鼓が鳴り始めた。そこで居住まいを正して儀式を見やった。志喜には読み上げられる祝詞や経文の意味も、儀礼所作の意味も分からなかったが、茅野が参加した舞には友人として拍手でも送ろうかとしたが、誰もしていないので大人しくしたままだった。

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