一恋花の想い

みなせ

一恋花の想い

「行ってきます」

 小さい頃からの幼馴染の冬村しいな(ふゆむらしいな)に声をかける。

「・・・・・・」

 返事は帰ってこない。

 決して仲が悪い訳でも喧嘩をしている訳でもなく、お互いの生活リズムが違うだけ。

 私はいわゆるごく普通の生活リズム、朝に起きて夜に寝る。

 対する冬村しいなは、夕方に起きて、朝方に寝る。

 これが今の私たちの生活。

 夏峰はのん(なつみねはのん)は朝早くに仕事へ向かった。


 学生生活を終え、社会に出てお金を稼ぎ始めた頃に夏峰はのんから冬村しいなに告げた。

「一緒に暮らさない?」

 数秒の沈黙。

「・・・いいよ」

 お互いに少し照れながらの告白と返事。

 休日を合わせて部屋を決めたり、家具を見に行ったり、二人での生活をどう過ごすかカフェで話し合ったり、新しいことへの期待と不安を語り合った。

 住んでいた家を出て新しい家での生活とともに二人の呼び方も「はのちゃん」と「しぃちゃん」に変わっていった。


 変わったのは呼び方だけではなかった。

 しぃちゃんの仕事が忙しくなっていき、帰りが遅く、そして朝早くに家を出る。

 日付が変わっても家に帰ってこない日が何度もあった。

 はのちゃんは、ただただ心配することしかできなかった。

 しぃちゃんの生活が激変したある日の夜、はのちゃんはいつもより遅い時間に仕事が終わった。

 しぃちゃんを迎えるために、早足で帰宅した。

 鍵を開けて中に入って電気を付けると違和感に気付く。

「しぃちゃん帰ってるの?」

 返事はない。

「気のせいだったかな?」

 荷物を置いて手洗いうがいをしようとした時、お風呂場から水音が聞こえた。

 しぃちゃんがお風呂に入ってるのかと思ったけど、違和感が完全に消えることが無く足を向かわせた。

「しぃちゃん今日早かったね」

 脱衣所の前で声をかけたが返事はない。扉が少しだけ開いていて、電気が付いていないことに気付く。

 その扉の向こう側で何が起きているのか一瞬理解できなかった。

 ハッと我に返り、電気を付けてお風呂場の扉を開け、そこには浴槽に浸かってるしぃちゃんがいた。

 ぐったりとし、壁にもたれかかるように、目を閉じ、片腕を浴槽の外に出し、赤い雫が流れている。

「しぃちゃん!」

 はのちゃんは急いでしぃちゃんを浴槽から出し、脱衣所に寝かせた。

 しぃちゃんの心臓に耳を近づける。

 心臓の動く音が聞こえる。

 完全にパニックになる前にスマホを取り救急車を呼ぶ。

 そこからのことはあまりよく覚えていなかった。

 しぃちゃんは無事だったこと。

 仕事で病み心が壊れ相談できずに抱え込んでしまったこと。

 病室のベッドで私に「ごめんね」と生気のない声で謝っていた。

「気づいてあげられなくてごめんね」

 しぃちゃんの手を優しく握り、はのちゃんも謝った。

 しぃちゃんは仕事を辞めた。

 はのちゃんも仕事を辞めた。

 暫くは貯金があるので大丈夫。退院して家に着き二人はゆっくりと話をした。


 しぃちゃんの傷と心は時間をかけてゆっくりと癒えていった。

 本を読んだり、散歩をしたり、ゲームをしたり、今までの生活でやれなかったことを始めてみた。

「ただいま」

 玄関を開け、はのちゃんの帰りを待っているしぃちゃんに声をかける。

「おかえり、なんかいいことあった?」

 ソファーにもたれて外を眺めていたしぃちゃん。

「ゲーム買ってきたから一緒にやろ~」

 お店の袋から流行りのゲーム機とソフトを何本か取り出して見せた。

 レーズゲームに、シューティングゲーム、RPGやアクションゲーム。

「準備するから待ってて」

 ゲーム機を箱から取り出しモニターに接続していく。

 カシャ!

 はのちゃんの後ろからシャッター音が聞こえた。

「写真なんか撮ってどうしたの?」

「ん?何か急に撮りたくなっちゃって」

 今撮ったばかりのはのちゃんの後ろ姿の写真を見せながら、えへへ・・・と笑う。

「セクシーに撮れたでしょ」

 はのちゃんはスマホの画面をのぞき込む。

「ちょ!太もも見えすぎ!消してよ~」

 四つん這いでしーちゃんに近づきスマホを取ろうと手を伸ばす。

「え~せっかく可愛くセクシーに撮れたのに消すなんてもったいないよ~」

 スマホを持つ手を後ろに伸ばし、はのちゃんの手から遠ざける。

「い~や~だ~恥ずかしい~」

 しぃちゃんの体に覆いかぶさるようになり、それでも手を伸ばす。

スマホを取ることに夢中になり、バランスが崩れる。

「あっ」

 しぃちゃんの上に落ちないように何とか耐えた。

 お互いが数秒、数十秒見つめ合った。

「ご、ごめん」

 先にはのちゃんが目を逸らした。

 よく見ると耳まで真っ赤になってる。

 カシャ!

 またシャッター音が聞こえた。

 はのちゃんが恐る恐る音の方を見ると、しぃちゃんがスマホを構えていた。

 正面を向いた瞬間にまた、カシャ!と音がする。

「私しか知らないはのちゃんの写真がまた増えた」

「も~」

 しぃちゃんのほっぺたを両手で挟み優しく押しつぶす。

「私の・・・私たちの思い出だから」

 画面に映るはのちゃんを見て、今目の前にいるはのちゃんを見つめる。

 スマホを床に置き、そっとはのちゃんの背中に手を添える。

「私のために色々してくれてありがとう」

 そのまま力強く抱き寄せた。

「私こそ、離れないでくれてありがとう」

 二人の距離が吐息が聞こえるくらいまで近づく。

 しぃちゃんがゆっくりと目を閉じる。

 それに合わせてはのちゃんも目を閉じようとする。

 ぴんぽーん

 二人だけの世界に間の抜けるような玄関のチャイムの音が部屋中に響く。

「そ、そういえばウーバー頼んでたんだ」

「・・・・・・・・・・・」

「ゲーム買って荷物増えちゃったから」

「・・・・・・・・・・・」

 ゆっくりとしぃちゃんから離れて玄関まで行き、ウーバーで頼んだ物を受け取りに行く。

「もうちょっとだったのに・・・」

 天上を眺めたまましぃちゃんは呟いた。


 ゲームをやりだして、もう一つ同じくらい気になるものがあった。

「このステージってさ、どうやったらクリアできるの?」

 お昼ご飯の支度をしてるはのちゃんに尋ねた。

「ちょっと待って~」

 手を止めてスマホの画面をドラマからゲームの攻略動画に切り替える。

「何かその先に専用のアイテムがあって、その後に隠し通路に行くとクリアできるみたいだよ」

 スマホの画面をしぃちゃんに見せる。

 攻略動画かと思ったら、その画面から女性の声が聞こえてきた。

「そのゲーム人気でやり込み要素もあるからみんな配信してるみたいなんだよね~」

 ゲームの手を止め、画面を見つめる。

 画面の横には関連動画や今配信している人の画面も表示されていた。

「ゲームの配信って楽しいのかな?」

「興味あるの?」

「ん~、何となくかな」

 攻略動画を見てステージをクリアする。

「ん~やっとクリアできた~。ここ凄い複雑で諦めかけてたんだよ~」

 コントローラーを置き一息つく。

「そろそろお昼にする?」

「ん、食べる」

 セーブして電源を切る。

 お昼ご飯の準備が終わり席に着く。、

「「いただきます」」

 ゲームの話やアニメの話で盛り上がり、ドラマのおすすめもいくつか話した。


「しぃちゃん最近スマホばっかり触って少しお行儀が良くないよ?」

「うん・・・」

 はのちゃんの話もスマホの画面を見ながら聞き流していた。

「ねえ、本当に聞いてる?」

「今いい所だからちょっと待って」

 ドラマのクライマックスシーンが流れていて、スマホの画面を真剣に見ている。

「ねえ!」

 大きな声を出し、スマホを取り画面を消した。

「私の話し聞いてないでしょ?」

 ついカッとなってしまい、しぃちゃんに詰め寄ってしまう。

「ごめん」

 しぃちゃんは、スマホを取り戻し、自室へ戻ってしまう。

「あっ」

 はのちゃんが言いすぎてしまったことに気付いたのは、しぃちゃんの後ろ姿が見えなくなる瞬間だった。

 何もない虚空に手を伸ばし、後悔の気持ちが膨らんでいった。

 ゆっくりと立ち上がりはのちゃんも自室に入っていった。

 二人の間に気まずい空気が出来ても、朝は毎日やってくる。

「・・・・・・・」

 恐る恐る扉を開き、辺りを見るしぃちゃん。

 誰もいないのを確認して自室から出て用事を済ませる。

 昨日はお風呂に入らず、歯も磨いてなかったのでちょっとだけ気持ち悪くなった。

 はのちゃんが起きてこない内にお風呂を済ませるために洗面所へ向かう。

 それから数分後に、はのちゃんが自室から出てきた。

 目が赤くなっている。

 布団に入りしぃちゃんにかけた言葉に自分が傷付き涙が出て、一睡もできなかった。

 ふらふらと歩き、洗面所へ向かう。

 洗面所の扉に手をかけた瞬間にお風呂場から水音が聞こえてくる。

「えっ・・・」

 過去の出来事がフラッシュバックする。

「えっ・・・えっ・・・」

 呼吸が上手く出来ない。

 体が熱くなっていくのを感じる。

 昨日しぃちゃんに言った言葉で傷付けてしまったのかと思うと汗が止まらない。

 だんだんと呼吸が荒くなり、平衡感覚がなくなり、その場で倒れる。

 ばたん!

 お風呂に入っているしぃちゃんにも聞こえるくらい大きい音がした。

「なに?」

 そっとお風呂から出てバスタオルを巻き洗面所を通り、扉をゆっくりと開ける。

 はのちゃんの倒れてる姿を見つける。

「はのちゃん!」

 ゆっくり肩をゆするが返事はない。

「ねぇどうしたの!?」

 よく見るとすごく汗をかいてる事に気付く。

 おでこを触ると熱があった。

 急いで着替えて、はのちゃんを部屋へ運び布団に寝かせる。

 汗を拭き、着替えをさせて、おでこに濡れタオルを乗せる。

 寝てるはのちゃんを見て涙が溢れる。

「ごめんね」

 今度は気持ちの込もった言葉だった。

「話をちゃんと聞かなくてごめんね、無視するように部屋に戻ってごめんね、心配かけてごめんね」

 寝てるはのちゃんの手を握り、その手に涙が当たる。

 ゆっくりと目を開けたはのちゃんがしぃちゃんの方を見る。

「無事でよかった・・・」

 もう片方の手でしぃちゃんの涙を拭う。

「私の方こそごめんね」

 しぃちゃんの言葉を聞き、目を閉じる。

 はのちゃんの安定した寝息が聞こえる。

 しばらくの間しぃちゃんは、はのちゃんの手握り続けた。

 翌日にはすっかり元気になったはのちゃんがいた。

「はのちゃん昨日はごめんね」

「私の方こそごめんね」

「「・・・・・・」」

「「あのっ」」

 二人の沈黙から、二人の声が重なる。

「「ふふっ」」

 二人の笑い声も重なる。


「しぃちゃん、ちょっといい?」

「どうしたの?改まって」

 ソファーで本を読んでいたしぃちゃんに話しかける。

「しぃちゃんさえ良ければなんだけど、そろそろ働きに行こうかなって思ってるんだけど・・・」

 毎日一緒に過ごし、しぃちゃんの様子を見て、そろそろ大丈夫かなと判断した。

 しぃちゃんは一瞬考えた。

 その考えが一瞬だったのか、長時間だったのかは分からない。

 今まで心配させないように一緒にいてくれたのかな?

「はのちゃんは優しすぎるよ」

 はのちゃんに聞こえないように呟く。

「私は・・・もう大丈夫だよ。何かあったら相談もするし」

 はのちゃんの目を見て話す。

「私の一番大切な人が一緒にいてくれてたから」

 話し出したら止まらない。

 はのちゃんへの思いを伝える。

「もう大丈夫だから、今まで心配かけてごめんね」

 しぃちゃんの考えを、思いを、伝え終えると手が震える。

 悟られないように震える手を抑えると、抑えた手も震える。

「無理してない?」

「私もいつか外に出て働くのかなって考えたら、ちょっと怖くなって・・・、ダメだよねいつまでも家に閉じこもってちゃ」

 はのちゃんから目を逸らす。

「今はまだ準備が必要なんだよ、二人でゆっくり考えよ」

 しぃちゃんの震える手をそっと握る。

 握った手が少し冷たくなっている。

 振るえるその手を優しく撫でた。

「しぃちゃんにはしぃちゃんに合ったお仕事が見つかるよ、私も協力するよ。だから・・・無理だけはしないで」

 今度ははのちゃんの手が震える。

「ありがと、はのちゃん」

 はのちゃんの手を優しく、しっかりと握る。

「今はこんなことしかできないけど待っててね」

 はのちゃんの唇にそっと近づき、しぃちゃんの唇が重なる。


 しぃちゃんから勇気と優しいキスを貰った日から数日が経過した。

 はのちゃんは早くに仕事を見つけて働き始めた。

 しぃちゃんはゆっくりと探しているけど中々これだ、という仕事を見つけられなかった。

 悩みながら前に進んでいるみたい。

「どうしたものかな~」

 床に寝ころび天上を見上げる。

 顔を横に向けると、外の景色がそろそろ夕方になろうとしていた。

「今日の晩御飯何にしよう?」

 基本的に、はのちゃんが数日分をまとめて作ってくれていたが、昨日で終わってしまった。

「簡単に作れる料理検索しよ」

 起き上がってスマホの画面を操作して、料理 簡単と入力する。

「これなら作れるかも」

 スマホを台所に持って行き、見つけた動画を再生する。

 どのくらい料理と格闘したかは覚えてない。

「結構いい感じにできたかも」

 出来上がった晩御飯に達成感と満足感を得る。

 そしてはのちゃんの喜ぶ姿が目に浮かぶ。

「オムライス上手く出来た」

 最後にケッチャップで文字を書く。

「・・・・・・・・」

 蓋を開け、そこで固まる。

「何を書こう」

 悩んだ結果、いったんそのままにしておく。

 台所から移動して、はのちゃんの帰りを待つ。

 検索画面が映しっぱなしになっているパソコンの画面を閉じようとした時に、ふときになるものが目に入る。

 晩御飯を作るために開いた動画の横でそれを見つけた。

「何だろう?」

 クリックして動画を再生した。

「ただいま~、あ~お腹空いた~」

 動画を再生してから数分ではのちゃんが帰宅した。

「あっ、おかえり~」

 返事をして、スマホの画面を見つめる。

「どうしたの?何か気になることでもあった?」

「ん~オムライスが上手に作れた~」

「あ~晩御飯のネタバレされた~。何か当てようと思ってたのに~」

 頬を膨らませ荷物を片付ける。

「まだ出来立てだから準備しちゃうね」

 二人分のオムライスを取りに台所へ向かう。

 机に晩ご飯のオムライスが並ぶが、ケチャップがかかっていない。

「せっかくしぃちゃんが作ってくれたんだから食べよ」

 二人が座り、いただきますをして、ケチャップをかけようと時、しぃちゃんから待ったの声がかかる。

「私がケチャップかけてあげる」

 はのちゃんからケチャップを受け取り、文字を書く。

 す き

 文字を書き終わり照れ出すしぃちゃん。

「さっ、た、食べよう」

 しぃちゃんは自分のオムライスにケチャップをかけようとするが、はのちゃんにケチャップを奪われる。

「私もかいてあげる」

 しぃちゃんのオムライスに文字を書き始める。

愛してる

「どうぞ、召し上がれ」

 書かれた文字を見てさらに照れ出すしぃちゃん。

 それを見てニヤニヤするはのちゃん。

 美味しく作れた自信はあったけど、正直味はよく分からなかった。


「じゃじゃ~ん!」

 はのちゃんが帰宅してすぐにあるものを見せてきた。

 車の免許証。

「やっと取り終わったよ~」

「おお~」

 ぱちぱちと拍手をするしぃちゃん。

「早速だけどさ、次の休みの日にドライブ行こ!」

 前のめりに近づき免許証をしぃちゃんの顔に近づける。

 やや興奮気味のはのちゃんに後ずさるが、姿勢を戻していいよと答える。

「やったー!しぃちゃんとドライブデートだ~!」

 立ち上がり免許証を胸の前に持ってくるくる回りだす。

 しぃちゃんは優しい眼差しを向ける。

「せっかくだからお弁当作ろうね」

 あれからレパートリーも増やしていき、料理の腕も少しづつだけど上達している。

「いいね~、しぃちゃんの手料理楽しみ~」

「昨日も食べてるでしょ」

「え~、だって楽しみなんだもん!」

 回りだした後は、鼻歌を口ずさむ。

「そういえばはのちゃん、次の休みっていつなの?」

「明日だよ」

「えっ?」

「ん?」

 二人の目が合い動きが止まる。

「はのちゃん、車ってどうすの?」

「レンタカー借りる予定だよ」

「どこで?」

「・・・その辺で?」

 二人の動きがまた止まる。

「食材が残り少ないから、今から急いで買ってくる。はのちゃんはその間に、お店の    場所とレンタカーの予約とその道のりを調べておいて。行ってきます」

「う、うん・・・」

 エコバッグとお財布とスマホを持って買い物に行ってしまった。

 はのちゃんが一人残されてゆっくり座りパソコンの電源を入れた。

「調べますか」

 翌朝

 無事にレンタカーを借りることができた。

「いや~一時はどうなるかと思ったけど何とかなったね~」

「ホントだよ。次からはちゃんと計画立ててね」

 目的地までの道のりをカーナビに登録して、運転を始めるはのちゃん。

「それじゃあしぃちゃんとのドライブデートスタート!」

 車はゆっくりと動き出す。

 運転中の車内は意外にも静な時間が多かった。

「緊張してる?」

「そそそ、そんな事、ナイヨ?」

 最後の方はカタコトな返事になっている。

 両手でしっかりとハンドルを握り、前を向き、カーナビの音声に答える。

 それでも時間が経てば、落ち着いて運転ができていた。

「今日って結局どこに行くの?」

「着いてからのお楽しみ」

 目的地を教えてくれないので、しぃちゃんは窓を少し開けて外を眺める。

 1時間くらい走り車の速度が遅くなっていくのが分かった。

「とうちゃ~く」

 駐車場に車を止めて外に出る。

 目の前に広がる海。

「ちょうど観光できそうな海があったからここに決めちゃった」

「キレイだね」

 お昼前の時間だけど辺りに人がいないのでほぼ貸し切り状態になっている。

 くぅ~。

 はのちゃんの方から可愛らしいお腹の音が聞こえた。

「なんかお腹空いちゃった。お弁当食べよ」

 少し歩いた所に飲食可能なスペースがあったので移動を始める。

 手を洗いお弁当を広げる。

「「いただきます」」

 おにぎりに卵焼き、ウインナー、ポテトサラダなど定番料理を何品か作った。

「からあげは冷凍でごめんね」

「いいよいいよ、それよりも・・・」

「ん?」

 はのちゃんが目を閉じてあーんと口を開ける。

「・・・・・・・・」

「あーん・・・ちらっ」

「分かったよ、どれがいい?」

 少し飽きれたけど運転してくれたはのちゃんにお礼のつもりで、あーんをしてあげる。

「私は今何が食べたいでしょうか」

 少し考えて卵焼きを一切れ取り、はのちゃんの口へ運ぶ。

「はむ!んんん、美味しい!」

 はのちゃんの笑顔が広がる。

「大正解!正解したしぃちゃんにはこれをあげよう」

 ポテトサラダを一口分取りしぃちゃんの口の近くまで運び、あーんをする。

「わ、私も?」

「欲しくないの?」

 上目遣いでしぃちゃんを見る。

「あ、あーん」

 照れながらしぃちゃんんは口を開ける。

「どう?美味しい?」

「美味しいよ」

「良かった~」

 朝早起きして二人でお弁当を作り、はのちゃんはポテトサラダ作りを手伝った。

 お弁当を食べ終え荷物を車に置いて、海辺を歩いた。

「はのちゃんはさ~私といて楽しい?」

「急にどうしたの?」

 靴を脱ぎ海に足を入れる。

「たまにね、朝起きるとはのちゃんがいなくなってるかもって、思っちゃう時があるの」

 並んで歩いていたはのちゃんより少し前を歩く。

「私はいつでもしぃちゃんのそばにいるよ」

 前を歩くしぃちゃんの手を取る。

「知ってるよ、はのちゃんは優しいからね」

 振り向き一歩二歩と、はのちゃんに近づき、そっとキスをする。

「ありがとう、今はこんなことしかできないけど、私と一緒にいてください」

 はのちゃんの手を優しく握り返す。

 お互いに見つめ合い、ふふっと笑い合い照れる。

 手を繋いだまま車まで戻り、二人の家に帰っていく。


 はのちゃんが仕事に出ている間、しぃちゃんは何をしているのか?

 朝はご飯を用意する。

 最近は卵料理をよく作っている。

 それからはのちゃんが仕事に出かける。

 朝食の後片付けをして、ソファーに座り読書をする。

 漫画でも小説でも雑誌でも気になった物を読んでいる。

 早いと1冊30分で読み終わり、長いとお昼ご飯を忘れて、お腹の音で気付くまで読んでいることもある。

 お昼の時間帯に簡単な昼食を作り、スマホでアニメやドラマを見ながら食べる。

 食べ終わったら片付けをして、眠くなってしまうので少しお昼寝をする。

 気が付くと夕方になることも多々ある。

 はのちゃんが帰ってくる前に晩ご飯の準備を始める。

 お昼寝で寝過ごさなければ、掃除をしたり、お風呂の準備も余裕をもってしている。

 はのちゃんが帰ってきたら二人そろって晩ご飯。

 今日あったことを話したり、アニメやドラマを見たりしている。

 はのちゃんがたまに不安になってしまうことがあるので、お風呂は一緒に入っているが、しぃちゃんが恥ずかしがっている。

 お風呂上りはそれぞれの時間を過ごすこともある。

 はのちゃんは仕事の準備だったり、密かに勉強していたり。

 そんな姿を知ってか知らずか、しぃちゃんも調べ事が増えたり、少し焦ったりと不安な時間になることもある。

 何となくいつもと違うことをしてみようと、しぃちゃんは思った。

「ねぇはのちゃん」

「なあに?」

 明日の仕事の準備をしていたはのちゃんがペンを置き、しぃちゃんの方を向く。

「最近疲れてない?」

「急にどうしたの?」

「マッサージしてあげる」

 はのちゃんに近づき肩もみをする。

「あ~いいね~」

 はのちゃんが帰ってくると、よく疲れた~って言いながら肩を叩いてるのを見かける。

「今日も一日お疲れ様」

「ありがとう」

 しばらくしぃちゃんの肩もみで癒しを堪能する。

「次は腰もやってあげる」

「いいの?じゃあお言葉に甘えて」

 はのちゃんはそのままうつ伏せになる。

 しぃちゃんは、はのちゃんの太もも辺りに跨る。

「ではいきますよ~」

 親指を腰の真ん中あたりに押し当てる。

「あ~そこそこ、いいね~効く~」

「はのちゃん何だかおじさんみたいだよ」

「え~そんな~」

 今度は少し上の方を押す。

「そこもいい~」

 さらに上を押していく。

「もう少し強くてもいいかも~そこそこ~」

 発言はあれだけど、気持ちよさそうにしているのは伝わってくる。

「さてと、マッサージ終わり。さ、寝ようか」

 はのちゃんから離れて寝る支度を始める。

 起き上がり、ノビをする。

「ん~気持ちよかった。明日も頑張れそう」

「たまにはいいね、こういうのも」

「また疲れたらお願いしますね~」

 ささやかな幸せを満喫し、久しぶりにはのちゃんの部屋で、一つの布団に入っていつも以上にくっついて就寝した。


「はのちゃん、お話があります」

「ん?」

 はのちゃんがお休みの日の出来事。

 何の前触れもなくしぃちゃんが話始めた。

「これを見てください」

 はのちゃんの前に1枚の紙が裏向きで差し出された。

「なになに・・・」

 最初に上から下まで軽く目を通す。

 その後、もう一回上からしっかりと読んでいく。

「・・・・・・・・」

「・・・ど、どうでしょうか・・・」

「・・・・・・・・」

 少しの沈黙が続き、はのちゃんが口を開く。

「私はしぃちゃんのやりたいことを反対するつもりはないよ」

 読み終えて率直な感想を口にする。

「けどいきなりすぎない?」

 そこには、ゲームの実況動画や配信をやってみると書かれている。

「配信に必要な事や必要な物も調べてるし、勉強もしてるよ」

「んー・・・」

 反対はしないものの、100%の賛成ができない。

「だめ?」

 はのちゃんは目を閉じ考える。

 それから数秒か数十秒経過し目を開ける。

「私も一緒に勉強してみる」

「え?」

「私も空いてる時間見つけて調べたり、勉強したりするからさ、一緒にやってみない?」

 まさかの切り替えし。

 予想してない回答がはのちゃんから返ってきた。

 嬉しいような、恥ずかしいような、そんな気持ちはあるが、はのちゃんと一緒ならできるかもしれないという安心感もあった。

「はのちゃんさえ良ければ」

「よし!そうと決まれば早速調べもの・・・」

 くぅ~。

 勢いよく声を出したが、はのちゃんのお腹から可愛らしい音が鳴った。

「先にご飯食べよっか」

 えへへ、と頬を掻きながら笑う。

「最近見た動画に美味しそうな料理あったからそれ作ってみるよ」

 しぃちゃんが立ち上がり台所へ向かう。

 その後をはのちゃんが追いかけ、後ろからそっと抱きしめる。

「たまには一緒に作らない?」

 今日も二人は仲良くご飯を作り出した。


 はのちゃんに打ち明けてから数日が経った。

 慣れない手つきでパソコンに向かう日々が続いていた。

「これをこうしてっと・・・」

 何日か前に撮ったゲームの動画を編集してる最中だった。

「むむむ・・・」

 何かがしっくりこない。

 分からなかった所の内容をメモして次に進んだ。

「んー・・・」

 慣れない操作で集中力が切れかかっていた。

「はぁ~休憩しよ」

 水分を取り、少し横になって天井を眺めた。

「ふぁ~」

 欠伸が数回漏れ、気が付けば瞼が閉じていった。

 どのくらいの時間眠っていたのか分からない。

 窓の方に目を向けると、オレンジ色が照らされていた。

「寝すぎてしまった」

 ゆっくりと起き上がり夕飯の支度を始める。

「何作ろうかな」

 冷蔵庫を開け、食材の残りを眺めながら夕飯の内容を考える。

 悩んでいる間に玄関のドアが開く音がした。

「ただいま~」

 少し早い足音を鳴らしながらはのちゃんが帰宅した。

 手には書店の袋があった。

「ごめんはのちゃん、まだ夕飯の準備が・・・」

「参考書買ってきたから後で勉強しよ」

 袋から出し、勢いよくしぃちゃんに見せる。

「分かった、分かった」

 はのちゃんの勢いに後ずさり、落ち着いてとなだめる。

「おー、そーりーそーりー」

「ご飯作っちゃうから待ってて」

 そう言って台所に戻っていく。

 夕飯を食べ終え、買ってきた参考書を二人で眺めながら動画の編集を進めた。


「はのちゃん?」

「いいよ」

 いつになく真剣な表情の二人。

 休みの日にパソコンの画面をのぞき込み、クリックして進めていく。

 編集作業が終わって、動画を投稿するサイトにアカウントを作り、つい数日前に完成した動画を投稿していた。

 今日は投稿した動画がどのくらい再生されているかの確認をする日。

「すーはーすーはー」

「はのちゃん緊張しすぎだよ」

 まるで自分のことのように緊張していて、何回も深呼吸している。

 落ち着かないはのちゃんを見てしぃちゃんは、冷静に落ち着けるようになっていった。

「じゃあ、見るよ」

 マウスカーソルを移動させて、しぃちゃんとはのちゃんが最初に投稿した動画の情報画面へ移動した。

・・・・・・・・・・・・

「そんなに落ち込まないで」

 しぃちゃんは落ち込んでいた。

「15再生・・・」

 5日前に投稿し、その後は見るのを控えていた。

「さ、最初はこんなものだよ、きっと・・・」

 涙目になるしぃちゃんをよしよしする。

「これからだよ、こつこつ頑張ろ」

「うん・・・」

 そこからは試行錯誤の毎日だった。

 少しずつだけど成果は得られ、それがやがて数字に表れていった。


「行ってきま~す」

 小さい頃からの幼馴染のしぃちゃんに声をかける。

「行ってらっしゃい、はのちゃん」

 部屋からひょっこり顔を出し手を振る。

 仲が良い二人の朝のやりとり。

 生活リズムは違うけど挨拶はしっかりとしている。

 これがはのちゃんとしぃちゃんの新しい生活リズムになっている。

 はのちゃんは履きかけた靴を脱ぎ、しぃちゃんに近づく。

「行ってきます」

 しぃちゃんの唇に向かって、はのちゃんの唇を重ねる。

「えへへ・・・」

「じゃあ今度こそ行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 お互いに少し遠慮がちに手を振る。

「あの時貰った勇気を少しでもしぃちゃんに返せてるかな?」

 赤くなった頬を隠すように正面を向き、しぃちゃんに聞こえないように呟いた。


「ただいま~」

 はのちゃんがお仕事から帰宅してきた。

「おかえり~」

 はのちゃんの声を聞き、しぃちゃんが自室から出てきて、はのちゃんを迎えた。

「はのちゃん、今大丈夫?」

 帰宅したばかりのはのちゃんに声をかける。

「大丈夫だよ、どうしたの?」

「んー、ちょっと散歩に出かけない?」

 荷物を置き、しぃちゃんの方を向く。

「いいけど、なんか良いことでもあった?」

「いや、え~っと、なんとなくはのちゃんと歩きたくなっちゃって」

 照れながら、頬を掻きちょっとだけ目を逸らす。

 しぃちゃんの逸らした目をはのちゃんが追い、覗き込む。

「照れちゃってどうしたの?ほら、行こ!」

 一足先に玄関に向かうはのちゃん。少ししてからその後を追うしぃちゃん。

「行く場所って決まってるの?」

「い、一応・・・」

 さりげなく手を伸ばし、はのちゃんの手を握る。握られた手を見て、はのちゃんは笑顔になる。

 数分歩き目的の公園に到着する。しぃちゃんが先にベンチに座り、はのちゃんも続いて座る。

 夜風が涼しく火照った体を冷ますのにちょうどよかった。

 お互い座って夜空を眺めていると、しぃちゃんの声が聞こえた。

「あ、あの・・・」

「どうしたのしぃちゃん?何かさっきから緊張してない?」

「・・・・・・」

 しぃちゃんの心臓の鼓動が早くなりさらに体が火照っていく。

 はのちゃんを見て、視線を夜空に向ける。

「月が綺麗だね」

「そうだね~空気が澄んでるからいつもより綺麗に見えるね~」


「・・・・・・」

 もう少し時間がかかるのかな?それとも分かってないのかな?勇気出したんだけどな・・・。心の中で呟く。

「たまには外でゆっくり過ごすのもありかな~って思って」

 しぃちゃんは綺麗な月を眺めた。


「・・・・・・」

 耳が真っ赤になっているはのちゃん。気付かれてないよね?今のって、その、告白?プロポーズ?いきなり言われたからびっくりしちゃったよ~。見たまんまの返事しちゃったし。心臓の音聞こえてないよね?深呼吸して整える。夜空を見上げたまましぃちゃんに告げる。

「月・・・綺麗だね・・・」

 隣からはのちゃんの声が聞こえる。しぃちゃんがはのちゃんの横顔を見る。

耳が赤くなってるいるのが分かる。

 はのちゃんの手を見て、その手をそっと重ねる。真っ暗の中、月の輝きが二人を照らし、見守り、誓いのキスをする。

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