最高の勇者

四天王を全て倒し、ついに魔王城への道が開かれた。

俺の残機は、残り398。


「これより、魔王城への総攻撃を開始する!」


王の号令のもと、王国軍が魔王城へ進軍する。

だが、本当の戦いは、俺一人の戦いだった。


城門の即死トラップで死亡。残り397。

城内のゴーレムに圧殺される。残り396。

毒の沼で全身が溶ける。残り299。

偽物の魔王の自爆に巻き込まれる。残り199。


魔王城は、死のデパートだった。

俺は来る日も来る日も死に戻り、城内のマップ、トラップの位置、敵の配置を、血と肉で覚えていった。

そして、ついに魔王の玉座への道を切り開いた時、俺の残機は、100を切っていた。


俺はアリアと騎士団長に、完璧な魔王城の地図と攻略手順書を渡した。


「……勇者殿、これは」

「俺が、約300回死んで作った地図です」


俺の淡々とした言葉に、騎士団長は息をのむ。

アリアは、ただ俺の手を強く握りしめた。


「ユウキ……あなたはいつも、一人で戦いすぎるわ」

「……ああ。でも、ここからは違うかもしれない」

俺はアリアの目を見て、小さく笑った。

「俺の頭の中には、みんなと戦って、死んでいった記憶が全部ある。次は、みんなに最高の見せ場を作ってやらないとな」


九百回目のループ。

俺たちは、初めて魔王の玉座にたどり着いた。

誰一人、死ぬことなく。


玉座に座っていたのは、禍々しいオーラを放つ、漆黒の鎧をまとった魔王だった。


「――よくぞ来た、勇者よ。我が名は魔王ゼノン」


その圧倒的な存在感を前に、誰もが動けなかった。

次の瞬間、魔王の姿が消え、俺の首に冷たい感触が走った。残り99。


心臓を貫かれる。残り49。

魂を砕かれる。残り9。

世界の理を捻じ曲げる魔法で、存在そのものを消される。残り1。


魔王は、次元が違った。

攻撃パターンを読むとか、そういうレベルではない。

心が、折れそうだった。もう、いいんじゃないか。諦めても、誰も俺を責めないだろう。


九百九十八回目の挑戦。残り1回。

俺は、アリアの前で泣き崩れた。

「もう無理だ……勝てない……俺がいくら死んで情報を集めても、みんなを駒のように動かしても、あいつには届かない……残りは、もう1回しかないんだ……」


アリアは、何も言わずに俺を抱きしめた。


「あなたは一人で戦いすぎたのよ。駒じゃない。私たちは、あなたの仲間でしょう? あなたの知る未来を、私たちに教えて。でも、どう戦うかは、私たちにも考えさせて。あなたは司令塔かもしれないけど、戦うのは私たち一人一人よ。私たちを、信じて」


その言葉で、何かが吹っ切れた。

そうだ。俺は、情報を与えるだけで、仲間を信じきれていなかった。彼らの力、彼らの意志を、俺の「予知」で縛り付けていたのかもしれない。


そして、九百九十八回目の戦い。スキルウィンドウの表示は【残り: 1】。これが失敗すれば、次が本当の最後だ。

俺は、魔王ゼノンの前に立っていた。

「ゼノン! 今日こそ、お前を倒す!」

俺は仲間を信じ、仲間は俺を信じる。俺の予知と、仲間たちの力が、完全に一つになった。

騎士団長の鉄壁の守り、アリアの聖なる光、仲間たちの渾身の一撃。全てが完璧に噛み合い、ついに魔王の体勢を大きく崩した。


「今だ! アリア!」

「ええ!」


アリアが詠唱する最大級の聖属性魔法。それを守るように、騎士団が壁を作る。

だが、魔王はその漆黒の腕をアリアに向けた。


「小賢しい……! まずはお前からだ、聖女ァ!」


圧倒的な魔力による破壊。それにより騎士団は吹き飛ばされ、アリアに魔王が迫る。そして絶望的な速度で放たれる魔王の貫き手。それは、アリアを確実に捉える一撃。

俺の思考は、コンマ一秒にも満たない時間で加速した。

(避けられない。アリアが死ぬ。俺が死ねばやり直せる。でも、アリアが死んだら? このループで俺が生き残っても、意味がない!)


俺は、考えるより先に動いていた。アリアの前に、身を投げ出す。

ゴシャリ、と鈍い音を立てて、魔王の貫き手が俺の背中を貫いた。


「ユウキ!?」

アリアの悲鳴が聞こえる。


俺を貫いたことで、魔王の体は完全に無防備になった。

「いけええええええええっ!」

俺の血反吐混じりの絶叫に応え、アリアの放った光の奔流が、魔王を飲み込んだ。

凄まじい光の中で、魔王の驚愕の顔と、俺の体を貫いたその腕が砕け散るのが見えた。

(やった……か……?)

だが、光が晴れた時、そこに立っていたのは、半身を失いながらも、まだ息のある魔王だった。


「は……はは……勇者、貴様の負けだ……」


致命傷を負わせた。だが、倒しきれなかった。

俺の意識はそこで途切れ、視界は暗転した。


「――この方が、我々の世界を救ってくださる勇者様か!」


千回目の絶望。最後のロード。

俺は、玉座の間に戻っていた。

目の前のウィンドウには、【残り: 0】の非情な文字。


俺は、全てを悟った。

さっきの戦いで、俺はとっさにアリアをかばった。そのおかげで魔王に一矢報いることができた。

だが、それは「仲間を失いたくない」という想いからくる、反射的な行動だった。

あの魔王を倒すには、そんな生半可な覚悟では足りない。

俺自身の命を、完全に捨て去る覚悟。

そして、気づいてしまった。最後の挑戦で死ねば、もうロードは発動しない。それは、俺にとっての「本当の死」を意味するのだと。


死ぬのが怖かった。

千回近く死んできた。だが、それは全てやり直せる死だった。次がない死は、経験したことがない。


いや違う。これまで自分を騙しながらやってきたが、本当はただ一回の死だって怖かった。それがついに最後。


アリアや仲間たちと、もう二度と会えなくなる。その事実が、鉛のように心を重くする。


幹部たちを倒しながら、何日も俺は一人で悩み続けた。

そして、最後の決戦を前に、俺は仲間たちを集めた。


「みんな、聞いてくれ。これが、最後の作戦だ」


俺は、心の奥底にある恐怖を押し殺し、仲間たちの顔を一人一人見ながら、力強く言った。


「作戦は、これまでの幹部との戦いとほぼ同じだ。俺たちが連携して魔王を追い詰め、アリアの最大魔法でとどめを刺す。だが、一つだけ違うことがある」

仲間たちが固唾をのんで俺の言葉を待つ。

「前回、俺は死んだ。だが、今回は違う。全員で生き残って、魔王に勝つ。いいな!」


「「「おおっ!」」」


俺の力強い言葉に、仲間たちの士気が上がる。だが、アリアだけは、鋭い視線で俺を見つめていた。


作戦会議が終わり、仲間たちが持ち場に向かう中、アリアが俺を引き止めた。

「ユウキ、待って」

二人きりになると、彼女は俺の瞳をじっと見つめた。その翠色の瞳が、淡い光を帯びる。『真実の瞳』だ。

「……何か、隠しているでしょう。あなたの魂は、確かに勝利への覚悟で輝いている。でも、その奥に、まるで自分を燃やし尽くすような、悲しい光が見えるわ」


さすがはアリアだ。だが、ここで本当のことは言えない。言えば、この作戦は失敗する。

俺は彼女の肩を掴み、まっすぐに見つめ返した。


「隠し事なんてないさ。俺は、本気で全員で生きて帰るつもりだ。そのために、俺は俺の全てを懸ける」


俺は心の中で誓った。


(俺の命と引き換えに、お前たち全員を守り切る。この覚悟だけは、嘘じゃない)


その瞬間、俺の魂は、仲間を守るという強烈な意志で、かつてないほど強く輝いた。

アリアの瞳が見開かれる。


「……あなたの魂が……覚悟が、強すぎて……真実が見えない……」


彼女の瞳に映る俺の魂は、自己犠牲の悲しい光を、仲間を守るという太陽のような輝きが覆い隠していた。


「信じてくれ、アリア。俺は、必ずみんなを守る」

「……ええ。信じるわ、ユウキ。あなたの、その覚悟を」


アリアは、不安を振り払うように、力強く頷いた。


そして、最後の戦い。

俺は、仲間たちと共に魔王の前に立った。


「――よくぞ来た、勇者よ。我が名は魔王ゼノン」

「ああ、ここまで来るのに時間がかかったよ」

「だが、お前の戦いはここで終わりだ」

「ああ、知ってるよ。だから、お前もここで終わりだ」


戦いは、九百九十九回目のループを完璧に再現した。

そして、運命の瞬間が訪れる。

魔王が、アリアに向かって必殺の貫き手を放つ。


俺は、アリアの前に立った。

前回と違うのは、俺の心に迷いがないこと。

(ありがとう、みんな。アリア……お前と会えて、よかった)


ゴシャリ、と貫き手が体を貫く。だが、前回のような激痛はない。

確固たる覚悟が、俺の魂を鋼に変え、死の苦痛すらも超越させていた。

俺は、薄れゆく意識の中で、確かに魔王の最期を見届けた。

仲間たちの放った一撃が、今度こそ魔王の命を完全に断ち切るのを。


視界が、白く染まっていく。

(ああ、これで……本当に、終わりか……)


そう思った、次の瞬間。

眩い光が、俺の体を包み込んだ。


「――ユウキ! ユウキ、しっかりして!」


目を開けると、そこは崩れ落ちる魔王城の玉座の間だった。

俺の体には傷一つなく、アリアが涙を流しながら俺を抱きしめていた。

俺の目の前に、半透明のウィンドウが浮かび上がる。


【称号】 世界を救いし者

【スキル】 セーブ&ロード (残り: 0) → "祝福"


スキルが変わっている……。

【セーブ&ロード】という呪いが解け、千回の死で積み重ねた俺の想いが、世界からの【祝福】に変わったのだ。そして、その最初の奇跡が、死んだはずの俺を「ロード」ではなく、完全に「蘇生」させた。


「……ただいま、アリア」

「おかえなさい、ユウキ……私の、勇者様」


俺たちは、朝日が昇る王国へと帰還した。

もう、雑に死ぬことも、絶望的なループを繰り返すこともない。

でも、俺が千回の死で得た経験と、仲間との絆は、この胸に確かに刻まれている。


俺はもう、死ぬのが得意なだけの勇者じゃない。

千の死を乗り越えた、ただ一人の英雄だ。

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俺の死に戻り、999回で打ち止めらしい ~雑な死を繰り返した勇者、最後の1回で英雄になる~ アカミー @asa82551

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