クソゲー転生~世界を救ったのに待っていたのは【恋人の裏切り】と【義妹の悲惨な死】……『ふざけんな! こんな物語、絶対に改変してやる!』

蒼井星空

第1話 最低な婚約破棄

「クリスフェリア……お前との婚約は破棄する! お前の平凡な顔も見飽きた! 魔王が死んだ今となっては、お前のような退屈な女と結婚する理由はないからな!」

「えっ?」


 この国がようやく手に入れた平和を祝うパーティが開かれる中で、第一王子の口から信じられない言葉が放たれた。


 思わず耳を疑った……。


 今なんて言った? 婚約破棄?


 嘘だろ?


 何かの聞き間違いかと思ったが、用意された筋書きは残酷だった。

 呆然と立ち尽くす妹、クリスフェリアは目を見開いたまま、ただ王子を見つめている。


「ふん。泣き叫ぶくらいはするかと思ったが、つまらない女だな。少しは縋ってくれば、まだ可愛げがあるものを。もちろん今さら何をされようと僕の心は動かないけどな。全く、お前などと婚約させられたこっちの身にもなってみろ」


 追い打ちをかけるように王子はさらに酷い言葉を重ねた。

 

 ……何を言ってるんだこいつは?

 ふざけんなよ、このクソ王子が!?


「なんだ? 怒っているのかレオフェルド?」

 

 俺がまき散らした怒りに気付いたらしく、王子がこちらを振り返る。


「当たり前だ! これは魔王を倒した戦祝のパーティだったはずだ!」

「あぁ、そうだ。実にめでたい場だな」


 平然と答える王子の顔に拳を叩きつけたい……。



「そんな場で、よくも俺の妹にあんな酷い言葉が吐けたな!!?」


 魔王を倒したのは俺だ!

 魔王城の最深部で仲間が全滅しかけたあの瞬間、俺は血まみれになりながら、剣と魔法を振るい続けた。

 心が折れかけても、歯を食いしばって、立ち止まらなかった。


 全ては恋人である聖女と、大切な妹を守るためだ。


 そんな時にお前は何をしていた?

 ここでただ座ってただけだろ?


 それなのに俺の妹……義妹だが……クリスフェリアとの婚約をあんな酷い言葉で踏みにじった。

 どの口が言うんだ?

 俺の大切なリアを悲しませるとは何様のつもりだ!?

 


「戦勝を祝う場だからこそ言っているのだ」

「なにを!?」

「功あるものには褒美を与えなければならない。父が不在の今、これは第一王子である僕の仕事だ」


 ……は!?

 

 クリスフェリアとの婚約破棄が褒美だとでも言うのか!?

 あぁ!?

 ふざけるなよ!?


「なぁ、聖女エルフィーネよ」

「……。はい、アラン王子」


 王子のねっとりとした厭らしい視線に、一瞬だけ表情を曇らせた女性が静かに一歩前に出た。


 黄金の髪が揺れる。

 人々の希望、崇拝、そして憧れ……聖女の称号を持つ、美しい神官。

 魔王を倒すためのパーティーの護りと回復のかなめ

 そして、俺の恋人……だったはずの女だ。


 って、ちょっと待て!

 どういうことだよ、エル……?


 なんで王子の言葉に素直に応えてるんだ?

 おい!?


「良い娘だ。美しく、従順で、そして……僕の望むままに振る舞える。聖女エルフィーネこそ王子の婚約者にふさわしい」

「はい、殿下……」


 嘘だろ……。

 ……なんなんだよ、エル。


 魔王を倒したら結婚して……俺自身が爵位を得ることはないものの、実家であるラッシュベルト伯爵家で畑でも貰って一緒に暮らそうって……そう話し合っただろ?


 なのに……。


 なのになんで、そんなに自然に王子の腕に自らの腕を絡ませるんだよ?


「あっはっはっは。見ろよ、あの情けない顔。本気でお前のことが好きだったらしいぞ? 可哀そうな勇者くんの誕生だ、ウケる。あ~っはっはっはっは」

「やめてください、王子殿下。あんな木偶の坊に興味なんてありません。手を握ってあげたら、すぐ勘違いするんですもの。滑稽ですわね」


 何を言ってるんだ?

 なぁ……。


「なんでだよ!? エル!?」

「ふふ……まだ気付かないのですか?」

「なっ、なにを……?」

「はぁ……」


 どういうことだよ……。

 

 死力を尽くして魔王を消し去って帰還した。命を懸けて仲間とこの国を守った。

 

 それなのに……。

 なぜリアが婚約破棄されて、なぜエルが……俺の恋人だと思っていた人が王子と腕なんて組んでるんだ?


 くそっ!


 魔王戦の前夜、俺達は誓い合ったはずだ。

 絶対に倒して帰るって。

 

 あの夜は決戦を前にして手をつないだだけだった。

 それだけで俺には十分だったんだ。

 それだけで生きて帰る理由になったんだ。


 なのに、なんで……。


 


「あっはっはっは。気付かないのか? ……いや、気付きたくないんだろう?」


 ……やめろ!


 やめろ、言うな!!!


「聖女は僕の女だよ。さて、何度抱いたかな?」


 ぐっ……。


 ふざけるな……。


 ふざけるなよ!


 なんだよそれ……。


「ふふふ。王子様は優しく激しくて、素敵ですものね。でも、私がいない間に……もしやクリスフェリアとも?」

「ふん……まったく面白みはなかったがな。思い出すだけで反吐が出る」

「……っ!!! 貴様っ!!!!!!!!!!」


 許せない。

 怒りが、胸の奥で爆ぜる。


 抑えられない。

 いや、抑える必要なんて、あるもんか!

 

 義妹に……リアに何をした!!!!?


「やっ、やめてください、お兄様!」

 

 両手を広げて俺の前に立ちふさがるリア……。

 泣きそうな顔で俺を止めようとする。


「リア! 俺はこいつだけは許せない!」

「私は大丈夫です! ちゃんと断りました……! だから……、だからなにもされていません!」


 涙を浮かべ、必死に言葉を紡ぐリア。

 ……それが嘘じゃないと、俺にはわかった。

 

 どっと力が抜ける。

 良かった……。


「そうなの? 本当に仕方のない子ね。だから婚約破棄なんてことになるのよ。アラン王子のお怒りもごもっともだわ。つまらない無能な女だったのね。」

「……っ」


 エル……いや、もういい。

 クソ聖女は辛らつな言葉をリアに投げつけた。


 お前、リアが王子の婚約者に選ばれた時には喜んでいただろうが!?


 それが、なんなんだよ……。


 リアは落ち込む必要なんてない!

 あんな言葉で傷付く必要はどこにもない!

 悲しそうな顔をする必要はないんだ!


「この場には相応しくないわ。下がりなさい。まったく……私が留守にしている間くらい、王子を満足させてほしいものだわ。使えない女ね。役立たずにもほどがあるわ」

「……っ……」


 もう吐き気しかしない。

 綺麗な顔で、よくもそんな醜い言葉が吐けるな。

 外見と中身の乖離がここまで酷いと、もはや人間にすら見えない。


 ……悪魔が、人の皮を被ってる。

 そう言われた方が、まだ納得できる。


 でも、こいつらを叩き潰すのは後だ。


 

 この場は早く離れるべきだ。

 リアをこれ以上ここにいさせてはいけない。

 汚らしい言葉を聞かせたくない。

 


 そう思った俺は、クソ王子たちを殴り飛ばしたい衝動を抑え、泣いているリアを隠すようにしてこの場から離れる。

 どうせ嫌らしい笑顔でも張り付けているであろう王子や聖女のことはもう見ない。

 見ても目が腐るだけだ。





「あ~あ。最高の見世物だったわね、リエラ」

「うん……ちょっと可哀そうだったけどね、シュリス。あのレオフェルドの顔……見た?」

「見た見た。魔王城突入前夜にさぁ。思い詰めた顔で必死にエルに告白してたのに、魔王を倒して意気揚々と帰ってきたら実は王子の女でしたって。あはは。あれは傑作だったわ。ぷ~くすくす」

「まぁ、王子と伯爵家の娘、本来ただの平民と聖女。それぞれが身の程を弁えるべきではあったのかな?」

「『覚悟しろ魔王! これで終わりだ! 俺のエルを離せ!!!!』だったかしら? あぁ~おかしい。笑っちゃうわよね。エルはお前のじゃねーよ。まったく、道中はドヤ顔で無双してたのに魔王戦では苦戦するとかもマジ使えねぇしさぁ、慌てさせんなよ!」



 ……聞こえた。仲間だったやつらの笑い声が。


 ……胸がひりつく。

 

 最悪だよ……。

 お前ら……。


 最初から全部知ってたのかよ……。



 回復役を潰したかったのか、魔王はやけにエルを狙ってきた。

 しかも、なぜか俺の最強スキルは魔王に通りづらかった。何か、耐性でも持ってたのだろうか?


 それでも……。

 それでも俺たちは魔王を追い詰めた。

 

 最後の最後、魔王は俺の剣を喰らいながらも、エルに向かって暗黒魔法を撃ってきた。


 俺があの時、あそこにいなかったら、エルは、確実に死んでた。

 

 俺が助けたんだ。

 恋人だと信じてたから。


 なのに……。


 なのに、全部嘘だったのかよ。

 いつからだ?

 

『レオフェルド殿。お願いします。私と一緒に魔王を倒してください。どうか……』


 あの夜、震える声で懇願してきたエルの顔が、脳裏に焼き付いて離れない。


 くそっ……。


 あれも、演技だったのかよ?

 あれさえも、嘘なのかよ……?










 ……なんてさ。そんなシナリオ、信じられるか?







 俺は震える手でコントローラーを握り締めた。だが、操作は効かない。

 ただエンドロールが虚しく画面を流れていく。


「胸糞悪すぎるだろ……これ」



 電源を落とし、立ち上がる。

 こんなゲーム、誰がやるんだよ!?

 くそっ!

 


 あおいのやつ、酷いゲームを押し付けてきやがって。明日会ったらぶん殴ってやる。


 義妹と結ばれる最高なゲームとか言っていたけど、どこがだよ!?

 

 まったく……どっかで俺が選択肢を間違えたってことなのか?

 でも、どこで!?


 まったくわからない……。


 けど、それにしたって、あんなストーリーはないだろう。


 婚約破棄されたリアと、裏切られていた俺。


 失意のどん底で嘲笑されながら退出した俺たちを待っていたのは、さらなる最悪の結末だったんだ。



 

 王子が手を回して既に敵側についていた義弟が、帰宅したリアにさらに酷い言葉を投げつけた。

 それに怒った俺が義弟を叱りつけ、殴り飛ばしている間にリアは家を飛び出していた。


 すぐに気付いて屋敷の者達と一緒にあちこち探した。

 でも……見つかった時にはリアは墓地公園で偶然ポップした悪霊に殺されていた。


 ……酷すぎるだろ。


 意味が分からない。

 どうしてそんなバッドエンドになる?

 選択肢もヒントもなしにいきなりこれはないだろ。

 

 しかも俺は王子に婚約破棄された情けない義妹を殺した犯人ってことで捕まるんだぜ?


 ふざけんなよ!!!!?


 あおいのやつは『魔王も可愛いんだよな~』とか言ってたけどさ。

 確かに外見は超ド級の美人さんだった。


 会話イベント?

 親密度?

 なんだよそれ。どこで出てくるんだよ……。


 そもそもこんな最悪なシナリオを経験させておいて、しかもそうなった理由が全くわからないのに、また最初からプレイしようなんて思えるか?

 

 ……やっぱり明日叩き返そう。





 はぁ……。


 気分転換に散歩に出てみたけどため息しか出ない。


 妹を助けられなかった俺に、よりによって妹が酷い目に遭うゲームなんてやらせるなよ。葵……お前だって知ってるだろ?


 ループの関係でそんな話だと思ってなかったのかもしれないけどさ。


 

 遺体のない棺の横に掲げられた白黒写真に写る笑顔の妹の姿……。


 いまだに思い出すことさえ憚られる悲しい記憶。

 この記憶が蘇るたびにフラッシュバックする無力感。


 呆然とする俺と、泣きじゃくりながら俺の二の腕を掴む母を何の感情も湧いてない表情で見つめていた父。


 いまだになんでそんなことになったのかは聞いていない。

 聞いても何も変わらないから。

 俺には何もできないから。


 思い出すだけで心が強引に握りしめられる。


 もしゲームみたいにもう一回やり直せるなら、ああならない未来を何とかして探すんだけどな……。


 もう妹を失うなんて、嫌なんだよ……。




 キキーーーーーーーーーッ!!


 トラック……?



 

 ガシャァアアアアアアン!!!


「っ!?!?」


 何かが砕けたような音がした瞬間、俺の視界が闇に染まった。


 同時に、何もかもが力を失う。

 

 なんだこれ……。



 意識が……保てない……。






***

お読みいただきありがとうございます。


2025/9/1から新作スタートしています!

『チュートリアルで魔王に殺されるはずの高スペックな第三王子に転生したので、持てる力の限りを尽くして魔王を消し去った件』

https://kakuyomu.jp/works/16818792438876479360

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