第12話 迸る
その声で僕ははっと我に返った。ちゃめが最期に、「ダメだ!」って吠えたんだ。
「ちゃめーっ!」僕が瀕死のちゃめを抱くと顔を舐めてくれた。その目には涙が一杯溢れていた。
「ごめんよ。ちゃめ」ちゃめをきつく抱きしめたまま僕も泣いた。
……
僕の腕の中で、ちゃめは息を引き取ってしまった。
「ちゃめ、……ちゃめ……」幾度呼びかけても揺すってもちゃめは無言で眠っているように見える。
しばらく泣き続け、
「動物の葬儀屋に葬儀を頼んでくれ」と父親に言った。
「金なんか掛けられない」と、父親。僕の怒りが迸った。
「 長年一緒に暮らしてたちゃめは家族の一員なんだぞ。俺がお前を殺そうとしたのを止めてくれたんだ、感謝しろ! 」
僕の怒鳴る声を初めて聞いたはずの父親は驚いて、「あ、ああ、……」もごもごと呟き連絡してくれた。
パトカーがきた。
僕は警察に、「父親を殺そうとした」とちゃめの血で真っ赤に染まったナイフを差し出した。
警察署で事情を訊かれて僕は、子供の頃からの気持ちをすべて話そうとした。が、ここでも途中で、「もう良い」親身に僕の話を聞いてはくれない。
「あんた愛犬がいなかったら、親殺しになるところだったんだぞ、感謝するんだな」
刑事の口調はまるで、「殺してしまえば良かったのに」と言ってるように僕には聞こえる。
確かに心の中では、 ―― 父親が死んでちゃめが生きてたらどんなにか良かったのに …… 悔いる。
家族の一員として一緒に暮らしてきたちゃめを殺してしまったのに、僕の罪は『父親に対する殺人未遂』だけだそうだ。
所有物を傷つけても『器物損壊』には当たらないし、飼い犬を殺してしまっても『故意』でなければ動物虐待にはならないらしいが、僕としてはそっちの罪を償いたいし、そうする積りだ。
数か月後に僕は裁判というものを経て刑務所に入所した。ちゃめの位牌を持ち込んだ。
それから半年間はぼーっと壁を見詰め、壁に元気なちゃめの姿が見える気がするから、「ちゃめ、ちゃめ、……」壁に向かって話しかけていた。
夢に出てくるちゃめは「クーン」と鳴くんだ。僕を許すとでも言ってくれてるのだろうか? 切ない。
一年が過ぎ僕は自叙伝を書くことを目指して小説を書いてみることにした。
と言うのも、
受刑者は決められた日常の行動のほか、刑務官と話のできる時間がある。その時に本を読みたいといって、ノーベル賞受賞者の書いた経済の専門書を頼んでみたんだ。
何冊か読み終わった時、「たまに、ラブストーリーとかミステリーとか読まないの?」と言われ適当に選んでもらったんだけど、
恋愛経験もなくラブストーリーは好かない。
ミステリーは殺人を助長してるのかと思えるし、
ヒントがずっと与えられず最終局面で突如出現させ読者へ謎解きの楽しみを与えないものや、
普通なら気付くだろう『ポイント』を刑事が見逃し結局それが犯人特定の『キー』になっているなど、
「面白くもおかしくも何ともない」
と刑務官に言ったら、ふんふんと肯いて、
「 じゃ、自分の思いとか考えとか経験とかを書いて、君がこれから生きていく上での土台を作ってみたらどうかな? 」
一週間考えて書いてみることにしたのだった。でも本当は僕に反省文を書かせようとしたと後で知った。
半年後、
僕の初めて書いた短編の青春小説が運よく某出版社主催のコンテストで入賞し電子書籍でそこそこの売上となった。自分にそんな才能が有るなんて思いも寄らないことで興奮した。
そして刑務所に出版社の担当だという人が面会に来てくれて、「次作を……」と勧められ、「調子に乗るな」と言われそうだが、書き始めることに。
出所後、出版社が手配してくれた大好きだったおばあちゃんの古里である北海道苫小牧という町の、海の見えるアパートの一室で僕は執筆活動を続けている。
そして『ちゃめⅡ』と名付けた茶色の目をした小柴と巡り合う。
鳴き方を教えた。<OK>が「クーン」で<NG>が「ワン」。けど何回練習してもすべて「クーン」としか鳴かないので諦めた。でも可愛いことに変わりは無い。先代の『ちゃめ』に生き写しだったからお詫びも込めて精一杯可愛がっていた。
何年かして、父親が倒れその父親からの手紙が届いた。右半身不随で文字は震えすべてひらかなで書いてあった。短な文だが気持ちは伝わってきて思わず涙が溢れた。が、返事は書けなかった。
「 わがむすこへ
きよわだからしんぱいで しりあいからようすをきいていた
さされてもしかたないとおもった
つらくあたりすぎた こうかいしてる
これからはじゆうにがんばれ
ちち 」
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