第26話 原因と対策

翌日、カイルとネマは、連れ立ってサラの店へと足を運んだ。


「いらっしゃいませ〜! 今日の薬草茶は朝摘みミント入りだよ! そこの眠そうなお兄さん、一杯やってかない?」


店の前に立って声を張るのは、栗色の髪を揺らすサラだった。通りすがりの客に笑顔で手を振り、まるで町全体を元気づけるかのように明るい声を響かせている。


「……相変わらず元気だな」


カイルが苦笑まじりに呟くと、ネマが小さく頷いた。


サラはすぐに二人の姿に気づいたようで、呼び込みの合間にぱたぱたと駆け寄ってきた。


「やっほー! すっかり元気そうだね。昨日のお礼でも言いに来た?」


「違う。いや、違くないけどさ。ちょっと、作ってほしいものがあって」


「ふむ? どういうの?」


カイルが辺りを見回しながら言った。


「少し、長くなるんだけど……」


「……なら、中で聞こうか。お父さーん、お店お願い!」


そう叫ぶと、サラは二人を中へ招いた。奥にはサラの父親が、手元の帳簿からちらりと顔を上げ、無言で頷いていた。


「それで、頼みたいものっていうのは?」


「……防塵用のマスクと、目を覆うゴーグル」


ネマが言うと、サラは目をぱちくりさせた。


「……砂漠にでも行くの?」


「……行かない」


「いや、錬金で使うんだ」


カイルが苦笑いしながら補足する。


「エリオから聞いたんだ。素材によっては、吸い込むと毒になるものがあるって。防げるものは防いでおきたいと思ってな」


「そっか……うん、いい職人さんに心当たりあるよ!」


サラはすぐに手元から手帳を取り出し、なにやら走り書きを始めた。


「魔道具も扱える縫製職人さんでね、ちょっと気難しいけど、腕は確か。霧鹿皮の縫製を頼んだのも、その人だよ」


カイルは安心した。サラが信頼する職人なら、きっと大丈夫だ。


「多分オーダーメイドになるけど、どんなものにするかは決まってる?」


「……そうだな、マスクもゴーグルも、魔力を通しにくくて、粉塵を吸わないやつがいい。鉱山とかダンジョンで使われるのがあれば、それが一番だな」


カイルが言うと、ネマが付け加えた。


「……視界が狭まらないようにしてほしい。調合中に……手元が見えなくなると、少し怖いから」


サラは一瞬だけペンを止め、それから優しく微笑んだ。


「はいはい。ダンジョン用防塵マスクと、ゴーグルは視界良好ね。あと防魔加工マジックプルーフ付き。了解!」


サラはメモを確認しながら続けた。


「仕上がりは数日ってところかな。完成したら、届けに行くね」


「助かる」


カイルが言うと、ネマもわずかに眉を下げて静かに礼を言った。


サラは「まっかせなさーい」と言いながら、手帳をパタンと閉じて再びポケットにしまった。



工房に帰ると、カイルはノートを取り出してテーブルについた。


「これで、エリオが言ってた錬金病の対策はクリアだな」


一拍置いて、カイルは続けた。


「……でも、まだ終わってないことがある」


「金色の輪」


ネマが隣に座って静かにつぶやくと、カイルは頷いた。


「ああ、そっちは錬金病とは別の原因かもしれない」


「お兄ちゃんの話が本当なら、カーディナイトが怪しいんだよね」


「ああ……」


以前、ギルドと素材調達のやり取りをしていたのはカイルだ。珍しい素材、高価な素材については覚えがあった。


「全部覚えてるわけじゃないけど、扱いに気をつけないといけない素材がいくつかあった。仕組みはわからないけど……もしかしたら、そいつらが悪さしてるかもしれない」


カイルは視線を宙に泳がせ、記憶を手繰り寄せるように言った。


「例えば、竜咽核。竜の喉にある発火器官で、ブレスを吐くときの引き金になってる。魔力を増幅させて圧縮して蓄える性質があったはず」


ネマは少し考え込みながら答えた。


「強い魔力を浴びすぎて、身体がおかしくなった、みたいなことがあるかも。だとすれば、マスクとゴーグルで防げそう」


カイルはノートに危険素材リストのページを作り、そこに対策を書き加えていく。


「……あとは、メドゥーサの目もあったな」


「え、目って」


ネマがぎょっとして顔を上げる。


「本物の目じゃないよ」


カイルは少し笑いながら言った。


瞳呑石どうどんせきっていう不思議な石で、特別綺麗ってわけでもないのに、目が離せないんだ。だから、見すぎると石になるって言われてる。それで、メドゥーサの目」


「……見てるだけで、ね」


ネマは眉をひそめながら小さく呟いた。何かを考察しているような間。


「俺も普通に見てたから平気だと思ってたけど、できることは全部やろう」


「どうすればいいの」


「……分からん。前は何もやってなかったから」


カイルは頭に手を当て、思案するように言った。


「でも確か、持って行かれた本のどこかに書いてあったはず」


ネマは何かを察したように目を細めた。


「……自分で読めってことね」


「だって、むずかしいんだもん」


カイルは悪びれずに言った。


ネマは一度だけ溜め息をつき、それから、ほんの少しだけ口元を緩めた。

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