09.人伝の風聞 - side 雅哉
*
昼の十二時を告げるタイマーが室内に小さく響いた。それは昼休みを告げる合図で、俺はその場で腕をぐっと伸ばした。
今朝の夢のことがあったから、今日は朝から妙に疲れている。頭を切り替えることはできたが、身体のコンディションは地続きだ。
参ったなと思いながら溜息を一つ吐いた。
「……
そんなタイミングで丁度声をかけてきた人がいた。仲のよい同僚の山口だった。
「あぁ、
「いや、なんか今日顔死んでんなって思って。徹夜でもした?」
「流石に翌日仕事の日に徹夜はしねぇよ」
苦笑しながらそう答えると「それもそうだな」という笑い声が返ってきた。しかし、その笑顔もふと真面目なものに戻る。
「何かあったんなら昼飯食いながら聞くけど、どう? 社内で食べるでも外に食べに行くでも、どっちでもいいけど」
口調は別に重くないのだが、そこに込められた気持ちはちゃんとした心配や気にかけであろうことは伝わってきた。
人に話せば気分が少し軽くなるとも言うし、頭の整理にもなるかもしれない。そう思った俺は頷いた。
「うん、ありがとう。それなら食べに行くか。どちらにしろ何かしら買いに行くつもりだったし」
「了解。それならもう行くか、混み始めてるかもしれないしな」
俺は最低限の荷物だけを手に取り、彼と共に会社の外へ出た。
「はー、ちょっと外出ただけですぐ汗かくからほんと嫌になる暑さだな」
コップに注いできた水を飲みながら山口は言った。結局、会社から少し歩いたチェーンの定食屋に運よくすぐ入店することができた。
今言った通りの嫌になる暑さから一転、店内は冷房の効いた心地よい涼しさで満たされている。俺も彼同様に水を飲むと、冷たさが体に染み渡る感覚がした。
「でも俺、暑い日に冷たいものを飲む瞬間は好きだったりする」
「あー、確かに夏のビールとか美味いもんなぁ」
彼はそう笑いながら、コップの水を飲み干した。そしてそのコップをトンと机の上に置いて「それでさ」と話しかけてきた。
「話戻すけど、何かあった?」
いきなり本題に入る前に、他愛もない話で相手をリラックスさせる。そういうところに彼のコミュニケーション能力の高さが窺えた。
気遣いに感謝しつつ、俺は口を開いた。
「……夢を見たんだ」
「夢?」
「うん。今週末、彼女と海に行こうって約束してるんだけど、その状況と同じような夢を見た」
「同じようなって、どんな感じで? 内容覚えてる?」
「はっきり覚えてる。まだ海に向かってる途中で、俺は彼女と他愛もない話をしていた。でも、その後に彼女が寝た時、俺は『彼女に伝えないといけないことがある』って決意を固めてた。夢はそこまで」
「へぇ……なんか、凄いリアルな夢だな」
夢の内容を深追いするわけでもなく、ただただ話を聞いてくれる姿勢が今の俺にはとてもありがたかった。
そう反応した彼はその直後に「ん?」という表情になる。
「でも待て、その夢で何であんな顔が死ぬ必要があったんだ? あんまり深刻そうな夢じゃなさそうだけど……」
「いや、それが……その夢に、妙に既視感があって」
「既視感? 海に行くのは今週末、つまり未来の話だろ? 過去に同じようなシチュエーションでもあったっていうのか?」
「いや、記憶の限りでは全くなくて。ドライブ自体は何度もしてるけど、何か言う決意まではしてない。ただ単に楽しんでたはずだし」
「ふうん……」
そこまで会話したところで、店員さんが注文した二人分の定食を運んできた。
冷めないうちに食べようと思って俺は箸を手に取ったが、それは彼も同じ考えだったようだ。「いただきます」と小さく呟いた。
「……そういやさ」
食べ始めてまもなくして、彼が再び口を開いた。
「ん?」
「藤田ってSNS見る?」
「SNSは……あんまり見ないかも」
「そっか、じゃあ知らないかな。最近流れてきた、ちょっと変な噂があってさ」
「変な噂って?」
俺がそう問いかけると、彼はポケットから自分のスマホを取り出す。そして慣れた手つきで操作して、俺に画面を見せてきた。
誰かが何かを喋っているタイプのショート動画だった。
そこには「俺、前回の人生の記憶があるんです!」というテロップが表示されていた。その動画を流しながら、彼は俺の問いに答える。
「信じるかどうかはさておいてさ、本当に人生をやり直すみたいに、前の人生の運命や記憶を覚えている人がいるとかなんとか度々言われてて」
「え? 何かの作り話じゃなくて?」
「本当に噂程度でしかないんだけど、実際あったとかなかったとか言われてる。……まぁ、ネットでの発言はフェイクも多いからどうしようもないんだけど。藤田の話聞いて、ふとその噂思い出してさ。と言っても思い出したってだけだけどね」
「へぇ……そうなんだ」
そう返しながら、にわかに信じがたいその話を、俺はもう一度頭の中で繰り返していた。「自分の一回前の人生の運命や記憶を知った状態で」。
あの夢がもし、本当に未来予知のようなもので、過去の自分の記憶だったら?
――いや、まさか……な。
心の中ではは、と苦笑しながら、俺は定食の続きを食べ始めた。
普段は美味しく食べているはずなのに、今は味がどこか遠くに行ってしまったように感じていた。
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