06.本当の自分 - side 深青

 *


 パスタを食べ終えて間もなく解散し、私はまっすぐ自宅に帰った。

 最寄り駅から徒歩十分圏内のアパートの一室。勿論実家と比較すれば狭い家だが、一人で暮らすには十分すぎる、丁度よい空間だ。


 防犯対策に「ただいま」と呟いて鍵を閉める。

 普段なら脱いだ靴はきちんと揃えるのだが、今日は疲れてしまったので脱ぎっ放しだ。鞄もベッドの足元に放り投げ、洗面所に早足で向かった。


 アクセサリーを素早く外して洗面台に置く。髪を結いていたヘアゴムを外し、お洒落なワンピースも下着も全て脱ぎ捨て、洗濯機に放り投げた。


 しかし、まだ私の武装は完全には解けてない。あの時しっかり施したメイクがあるのだから。


 私はクレンジングバームを容器から一掬い手に取り、風呂場に入るなり両手で顔に塗りたくった。まるで、気持ち悪い何かを削ぎ落とすかのように何度も、何度も。

 こんな顔、一刻も早く剥がしてしまえばいい。

 無我夢中でそうしていたせいか、途中で呼吸を忘れていたことに気付いた。慌てて息を吐いた。


 シャワーの栓を捻ると、水は出したばかりでまだ冷たい。普段なら温かくなるまで待つが、最早温度なんてどうでもよかった。

 降り注ぐ水の線の中に思い切り顔を突っ込んだ。そのまま何度か顔の表面を擦った後、そこからバッと顔を上げた。


 そして、シャワーの首を掴んで私に降りかかっていた水を目の前の鏡にぶつけた。そうしてぶつかった箇所の曇りが流され、そこにははっきり真実が映る。


 そこには、何もかもを取り去った、紛れもない「私」の姿があった。

 誰も知らない、私しか知らない、私の。


 笑うでも泣くでもない、確かな私自身がそこにいた。鏡に手を伸ばし、まだひやりとしている面越しに「私」に触れる。

 落ちゆく水滴と共に、私は自分の姿を見つめていた。


「……ははッ、あははははッ!!」


 その時、笑いが底の方から込み上げてきた。水音に笑い声が紛れたノイズが狭い空間に響き渡った。


 そう、これが私なの。あなたからは見えないでしょう。

 あなたはこれまで一体、何を見てきたというの。


 ――私は既に、その答えを知っているのよ。


 私は何がおかしいのかすら分からなくなるほど笑っていた。しかし不意に、それが止む瞬間がやってきた。空間は再びシャワーの音が鳴り響くのみだ。


 ホワイトスノウで見た、人魚姫のスノードーム。彼女はどんな結末を選ぶのだろうか。

 あの時はそう思ったけれど、きっと幸せな選択をするに違いない。だって、世の中には救われる人魚姫も存在するのだから。


 一見閉じ込められているようにも見えたが、彼女はきっとあのガラスを破って幸せを掴みにいくのだろう。


「……馬鹿みたいね、本当に」


 ――私はもう、あの人魚姫のようには笑えないわ。

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