05.既知の展開 - side 深青

「ねぇ、深青」


 その後に彼が連れていってくれたのは、お洒落な雰囲気のイタリアンのお店だった。一見高級そうな雰囲気を醸し出しているのに、実際にメニューを見ると割とリーズナブルで驚いた。


 ……と、一度目の時の私はそう思っていた気がする。


 先程のホワイトスノウからこのお店に行く流れは前回もあった。そして前回同様に私はジェノベーゼ、彼はボロネーゼを頼んだ。

 それをお互いに半分ほど食べたところで彼がそう呼びかけてきたのだ。


「ん? 何?」


 この後に続く言葉に予測はついていながらも、私は知らないフリをして応える。


「今週の土曜日、何か予定ある?」


「土曜日……は今のところ何もないかな」


「折角金曜日が記念日だし、土曜日に海にドライブにでも行かないかなと思って。どう?」


 ――ほら、やっぱりね。


 想定通りの言葉が飛んできたことに思わず笑いそうになるが、それをぐっと抑えて驚きと嬉しさが混じったような表情を即座に顔に貼り付けた。

 仮面を付け替えるように表情を変化させるのはもう慣れたものだ。


「えっ! もしかして前に『海行きたい』って言ったの、覚えてくれてたの?」


「そりゃ覚えてるよ、大事な彼女の言葉だもん」


 彼の口から出た「大事な彼女」という言葉。当時は素直に嬉しく受け止めていたその言葉も、今となっては意味が違う。彼がどう思って言ったのかが分からなくてゾッとした。

 顔が凍りそうになるのをなんとか落ち着かせ、私は笑顔で返事をした。


「ありがとう、行きたい!」


「もし行きたい所があるなら深青の意見優先するけど、特になければこっちで計画立てちゃおうかな。どう?」


「うーん……車で行きやすいところでいいかな。だからお任せしていい?」


「分かった、決まったら連絡するね」


「ありがとう!」


 そんな約束をしながら、私は幼い頃に行った海の日のことを思い出していた。

 太陽の光を反射して輝く水飛沫と、その中で笑顔ではしゃぐ私たち。とても楽しかったし綺麗だった。


 またあの海に行けたら、とも思ったが、私は以前にこんな話を聞いたことがあった。


 小学生くらいの頃に旅行した時の景色がとても綺麗で忘れられないという、ある人がいた。

 その人は成人する前後くらいになった時に再びその地を訪れた。

 時間は違っていても、場所は全く同じ。何らかの変化は少なからずあるとしても、記憶の限りそこまで大きな変化というものはなかったらしい。

 それなのに、幼い頃の美しい景色は見られなかったそうだ。


 記憶の美化とはこういうことを言うのだろうか。ちゃんとそのままで覚えているつもりなのに、どうしても記憶の風化の影響を受けてしまう。

 だからその分、残そうとして無意識に美化してゆく。


 私が今週末その海に行ったら、現実の景色を見て、同じような海でも昔の思い出を取り戻せないことを知って、憮然とするのだろうか。

 その答えを、私は既に知っている。

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