04.波紋の一言 - side 深青

 *


「雅哉くん!」


 集合場所である駅の改札を出た目の前。真ん中に立っている、大きな広告が巻き付けられるように貼り付けられた柱。

 そこに、俯きながら自分のスマホを操作する一人の男性がいた。


 私はその人目がけてそう声をかけた。すると彼は顔を上げ、こちらを見るなりにこりとした表情を向けた。


「深青、案外早かったね」


「これでも電車一本逃しちゃったんだけど、接続よく乗れたからなんとか間に合ったよ」


「あはは、そんな急がなくてもよかったのに。……というか、深青さ」


「ん?」


「バイト終わりなのに、お洒落して来てくれたんだ。なんか嬉しい」


 少し照れたようにそう言う彼。彼のそういった素振りが好きだった私は不覚にもドキッとしかけたもののあくまで瞬間的であり、それが心からできるのは過去の自分しかいないのだった。

 今はもう無邪気にそんなことを思ってもいられない。私は口角を上げながら言葉を紡いだ。


「ありがとう! 折角のデートだから、どうしてもお洒落して行きたくて。でも、急いで家帰って準備したら電車逃しちゃったんだけどね」


「それなら急がなくても全然待ったのに」


「早く会えなきゃ意味ないでしょ。ほら、ホワイトスノウ行こう!」


「ははっ、今日の目的はそっちだね」


 私は彼の手を取り、早く行きたいアピールをしながら歩き出した。

 急に態度を変えるわけにもいかないので、今までのような態度を貫くならこんな感じだろうか。大学で演劇を学んでいることもあり、演技で騙し抜ける自信は少しだけあった。


 彼は「待ってよ、急がなくてもお店は逃げないから!」と言いながら私の横へ来た。

 そして私たちは横並びでホワイトスノウへ向かった。


「わぁ、やっぱり可愛い……!」


 お店に入るなり、私は思わず笑顔になった。何度行ってもやっぱりこの雑貨屋さんの売り物はどれも可愛くて、この時ばかりは演技のことなど忘れて心からそう言ってしまった。

 そんな私を見て、彼がまた笑っていたのを見逃しはしなかった。


「よっぽど好きなんだね、このお店の雑貨」


「だ、だからって笑わなくてもいいじゃない! ほら、見るよ!」


 なんだか不意を突かれた気がして気まずくなり、私は顔を背けて店内の奥の方へ突き進んだ。


 そして立ち止まったその目の前には、人魚姫が中に入った、海がモチーフであろうスノードームが置いてあった。

 球体の中に閉じ込められていながらも、彼女は光が射す海の天井を見上げて優しく笑っていた。


 するとこの人魚姫は、もう王子様と出会った後なのだろうか。

 そうしたら、彼女はどんな結末を選ぶのだろうか。


「深青? それ、気になるの?」


 その時、後ろを追いかけてきた彼が私の視線の先に気付き、そう声をかけてきた。ぼーっと考え事をしていた私はそこでハッと我に返る。


「あ、これ綺麗だなぁと思ってさ」


「そうだね、これ買う? 深青に似合うと思うよ」


 その何気ない一言で、私の体は一瞬動きを止めた。

 彼が何気なくそう言ったのは分かっていた。しかし、このスノードームはどちらかというと海の青さよりも太陽の光がモチーフの中心になっている。


 ――何を見ているの?


 そう思った時、私は必要以上に会話の間を作ってしまったことに気付いた。真顔になりかけるのをぐっと堪え、にこりと笑った。


「んー……また次来た時にあったら買おうかな。ちょっと考える!」


 このタイミングでまた不意を突かれてはたまらない。私は慌ててスノードームから離れ、他の雑貨を見るフリをした。

 素に戻ってしまう場所がこんなに危険だとは。気を付けなければ。

 ガラスドームという枠を割ってしまえば、たちまちに中身が彼にバレてしまうから。


 その後、他にもいくつか雑貨を見てまわってから私たちはホワイトスノウを後にした。

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