ヒカリノウミ

真実(まこと)

01.仮初の日常 - side 深青

 この世界では、人は同じ運命を繰り返し辿っている。

 それはまるで、飽きることなく延々と滑車を回している神のいたずらのように。


 しかし人は一度死んでしまうと、原則として記憶を全て失うものだ。

 だから運命の繰り返しなど知る由もなく、次の人生の時に懲りずに「私はきっと新しく生まれ変わったんだ」と勘違いする。


 ところがごく稀に、何分の一かも分からないほどの確率で、この「人生の繰り返し」を知りながら生きている人が存在するという。


 ――これはそんな、自分の繰り返される運命を知った一人の女性のお話だ。


 *


「お先に失礼します、お疲れ様でーす」


「はーい、お疲れ様ー」


 バイトの勤務後、まだ勤務している従業員の人にそう声をかけながら店を後にした。

 そして歩きながらスマホの画面をつけると、そこには不在着信があった旨を告げる通知があった。着信時間を確認すると、その時間は今からたった数分前。


 まぁ、このくらいの時差ならきっとすぐに出てくれるだろう。そう思った私は、通知をタップして折り返しの電話をかけた。

 すると案の定、数コール後に電話は繋がった。


『もしもし、深青みさお?』


雅哉まさやくん、こんにちは。電話くれてたんだね、出られなくてごめん!」


『あぁ、こちらこそごめんね。バイト終わった頃かなと思って電話かけてみたんだけど、ちょっと早かったみたいだね』


「あー、違う違う! 仕事自体は時間通りに終わってたんだけど、その後に同じバイトの子と話が盛り上がっちゃって、つい……」


『あはは、仕事後あるあるだね。俺も同僚とそうなることよくあるよ』


 笑いながらいい感じの話の流れを作ったところで、私は電話先の彼に問いかける。


「ところで、電話くれたってことは何か用だった? あ、もし先にメッセージくれてたらごめん。電話来てるなーって思ってそのままかけ直しちゃったから」


『あ、そうそう。深青がこの後特に予定とかなかったら、一緒に夜ご飯でも食べに行かないかと思って。どう? 今日が無理なら是非また今度でも』


「え、行く! 今日行きます!」


『あはは、勢いよく言ってくれるね。誘った甲斐があるよ』


「そんなの行くに決まってるじゃん。そしたらえっと、どこ行こうか?」


『じゃあ……あ、“ホワイトスノウ”分かる? この前出かけた時、深青がめっちゃ感激してた雑貨屋さん。ホワイトスノウの近くにある美味しいお店知ってるんだけど、そこにしない? そしたらまた雑貨も見れるよ』


「え! 一石二鳥すぎる、それがいい!」


『やっぱりね、じゃあそうしようか。俺もこれから向かうから、○○駅に六時集合でどう? 急ぎそうだったらもう少し後でもいいんだけど』


「いや、大丈夫! 六時ね、了解。向かいまーす」


 そう言って画面から耳を離し、彼の名前と共に表示された通話画面の切断ボタンをタップする。そしてサイドの電源ボタンを軽く押下すると、途端にスマホは眠りについた。

 そうして真っ暗になった画面に映されたのは、派手すぎず、しかしきっちりと施されたメイクをした私自身の顔だった。


 ――先程の楽しそうな声とは裏腹な、温度のない瞳を添えて。


 バイトがあったのは事実だが、「話が盛り上がった」というのは嘘だ。

 本当はさっさと今の服装に着替え、しっかりメイクを直していたのだから。画面越しに改めてメイクの出来を見直す。


 うん、完璧。そう思いながら、私はクスリと笑った。


 ――ほら、やっぱり。運命通り。舞台は完璧に整っている。

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