漁村

長万部 三郎太

現れた影が

都会の喧騒に疲れたわたしは堪らなく静寂が欲しくなり、特急に飛び乗るとアテもなく旅に出かけた。行先はどこだっていい。


某県の寂れた漁村に到着したわたしは、海辺の静かさを堪能しながら散策をしていた。


「かつてはこの港も栄えていただろうに」


そんな想いを馳せながら歩いていると、前方に営業しているのか、閉まっているのかよく分からない個人商店があった。店先には鮮魚や干物、ちょっとしたお弁当などが並んでおり、さしずめ“地元のコンビニ”といった感じだろうか。


わたしは喉の渇きを覚え、ペットボトル飲料を買おうとした。

その時、店先に現れた影が一瞬の隙をついて干物の魚を盗んでいったのだ。


「おばあさん、干物が!」


店番をしている女性に急いで声をかける。

おばあさんは動じる様子もなく、静かにこう答えた。


「いつものお客さんですよ」


先ほどの影の正体が気になったわたしは、会計を済ませて店の裏手へと回り込んでみると、そこには大きな母猫と3匹の子猫が干物をかじっているではないか。


わたしは母猫の首根っこを掴むと優しく持ち上げて再び店の前に戻り、おばあさんに声をかける。


「さっきの干物……この子が食べちゃいました」


おばあさんは猫を抱きかかえると、微笑みながらこう答えた。


「いつものお客さんですよ」





(常連客は一尾サービスシリーズ『漁村』おわり)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

漁村 長万部 三郎太 @Myslee_Noface

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ