人権ゼロの強化人間は自由が欲しい。

4:55yoake

第1話 プロローグ

 一条の明るい光が空を裂く。

 続いて一機の鉄塊が超高速でそのあとを飛んでいく。

 この灰色の空と黒く染まった地面に溶ける、特徴のない焦げ茶の影。

 一見すればジャンクの塊のようにも見えるその

 汎用人型高度戦闘用モジュール―――通称”ミガリオ”

 二本足の人を模したその”機械”は左腕に煙を吹き出すフレームの剥き出た長身の棒のようなもののグリップを掴んでいる。

 背中から青の炎を吐き出してその力を推進力に変え、人には到底到達のしようのない速度へ、目の前の標的へと、その身を押し出していく。

 目の前から迫りくる暗い機体と比較するとややがっしりとした体躯に中型の重火器を装備した緑の迷彩色を纏ったミガリオ。

 肩には機体に映える金の紋章が土煙を被っていた。

 それを認識すると同時に背中の光が勢いを増し、リアクター出力計がふりきれる寸前まで針を進める。モニター越しでも直視することすら難しい、ブースターから後ろへと延びる同心円上にできる光の環が機体の残像を生み出す。

 まばゆい光が戦場に瞬いたと思うと、その瞬間ミガリオの姿はそこにはなかった。

 瞬間、その機体は下半身に相当する部分を残して吹き飛んだ。

 背後でその残骸が爆散し、風圧がさらに機体を前へと進める。

 すれ違う瞬間、肩から伸びる武器ハンガーから別の小さな鉄塊を掴み、その先から緑色の実態を持たないブレードを創り出し、すれ違いざまに獲物敵ミガリオを切り刻んだ。

 普通の人間なら動く間もなく数100m吹き飛ぶような強烈な爆炎を巻き上げるとともに残骸の破片が機体を掠める。生身の人間なら当たった瞬間にミンチになるような危険物を意にも介さずに勢いを落とさず加速し続ける。

 瞬間、前方から幾多ものまばゆい閃光が発せられた。

 濃密な死の弾幕が高速で駆けぬけ続けるそれ一つに向かって殺到する。

 刹那、その光がその機体を――――突き抜けた。

 同時にまばゆい光がその機影を覆い隠し、気づけばがはるか上空にいることを敵ミガリオのカメラがとらえた。

 あの瞬間に何が起きたのか。それを説明できる人間、或いは機械はその瞬間存在しなかっただろう。

 唯一その機動を把握していたのは、その操作を行った生体制御体部品と、搭載されたオペレーションシステムのみだろう。

 閃光が視界を覆った瞬間、背中から噴出される青色の光すべてが下を向き、それまでいた場所を数多の光が駆けぬけていく。

 空気の壁を突き破り、弾頭の先端が白熱し、融解する寸前まで加速されたそれは残念ながら、狙ったミガリオを掠めることすらなくそれまでいた場所を通り抜けていく。

 針の隙間を縫うように繊細に、寸分の狂いもなく弾丸の飛び交う中を高速で駆け抜けながら目標に向かって距離を詰めていく。

 到底人間には不可能な狂ったような機動をその一瞬でしてのけたのだ。機体にかかる強烈なGによって気絶をしてもおかしくない、それどころか脳に酸素が届いているのかさえ怪しいような激しい動きであった。

 一瞬、上空から戦場の様子を俯瞰するようにブースターを駆使してその場にとどまる。

 足を折りたたみ、両腕を広げた格好で右手のブレード発生装置を停止させ、滑空に近い状態で緩やかに下降する。

 直後、真上から鉄の柱がいくつも降り注ぎ、地面を抉り飛ばす。

 着弾して爆ぜる地面から高速で飛び散る金属片と、頭上から降り注ぎ続ける鈍い光を放ち根元から赤い光の尾を引く大きな誘導弾頭が挟み撃ちにする。

 完全に八方塞り。対処のしようのない暴力の塊が、無慈悲に孤立しているたった一機。

 ただその一機だけをすりつぶそうとしている。

 それでもなお、機体を左右に弾かれたように動かし続けながら、超機動をとり続ける。

 そして、突如誘導弾がその残骸を地面にまき散らして爆散する。

 持ち替えた左手のミニガンが火を噴き、その弾幕がさらに視界を遮る誘導弾の煙幕を作る。

 それと同時に青の残光が戦場を覆い尽くした。

 急激に強烈な光にさらされた相手の人間パイロットの目が焼け、思わず目をつぶるのだろう。それと同時に機体に積まれた戦闘システムですら、光の穴にすべてを覆われ機体の識別すらできずに誤認した対象をパイロットに知らせようと、アラーム音を響かせる。

 それを信じ、その機体の銃口が見当はずれの方向を向いてパイロットは存在しない標的のロックオン信号目掛けて操縦桿のトリガーを引く。

 弾切れとばかりに降り注ぐ質量の雨が止む。

 光が止み、銃声の残響がこだまする戦場に、敵機の影を探す。

 すぐに一つの破砕音が敵の陣地に鳴り響く。

 一機のミガリオの残骸が宙を舞う。

 全機の動きが一瞬停止するその隙を待っていたとばかりに、急加速をする。

 弾丸よりも、なお早く。

 死すら厭わない、弾丸を避けもせずにまっすぐにブレードを展開し切り込んでいく。

 その姿はさながら高速で飛来する砲弾のような、死神の姿であった。



「ミッションの達成を確認。オートパイロットモードへ移行。」

 かつて戦場だった場所には、一機のミガリオが立っていた。

 先ほどまでの戦闘の跡とばかりにそこら中に見るも無残に破壊された機体の残骸が転がっている。

 右半分が円を描いて切り取られたように欠損した機体。

 胴体部に大穴が開いて、装甲版が反り返り歪な花弁のような形をした機体。

 そして、継ぎ接ぎの機体ミガリオの前に横たわる四肢を欠損したあと、見るところすべてか傷つき推進剤のタンクから茶色の液体を滴らせるひときわ大きな機体。

 その断面には未だ装甲が熱を持って怪しく光っている

「敵対勢力の殲滅および生体反応の途絶を確認。」

 それと同時に、その戦場に唯一立っている機体から生えるブースターがその空間を通る光すら歪むような煙を吹き出す。

 背中からはまっすぐに幾重もの金属板が飛び出し、周囲の空気を巻きこんでオレンジ色に光っている。

 機体の周りを縦長い大きな影が覆う。

 腹の底から響く轟音撒き散らしながら地面の土煙を吹き飛ばし、腹部から灰色の肢を伸ばし、ミガリオの全身と連結する。

 おおよそ人間には不可能かつ、認識すら難しい機動を繰り返した機体は、フレームから歪み、度重なる被弾で装甲は窪み、一部飛び上がっている。

「敵エースの撃破を確認した。帰投しろ。」

 男の声が無線越しにコックピット内に響く。

 無感情に、ただただ冷徹なまでに冷たい声が命令を伝える。

「了解。強化人間製造番号re-7014を休眠モードに移行。冷却システムを格納。直ちに帰還シーケンスに移行。」

 機械的なアナウンスが手順通り機体を制御する。

 各所から伸びる金属板を機体内部へと格納し、その形状がもとへ戻る。

 再びその場所に轟音を響かせ図体に見合わず俊敏に増速し、雲を突き抜けて遥か彼方へと飛び去っていく。

 その様子を、少し離れた森の中から一台のカメラが捉えていた。

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