手紙
この本は、三明が遺した日記やノートや小説……最後の方は、水音の日記も少し読ませてもらった。そして、何より俺が今まで見てきたあいつの姿を纏めて書いた小説だ。大部分はあいつの書いた文章のほとんどを俺が編集したものになっている。だから最後の方はほとんど俺の主観、俺の記憶。そして水音の日記でできている。死んだら日記は書けないから。
でも、できるだけ「憐憫に咲く」っぽく書いてみたんだ。ところどころ拙い文章だし、構成も酷いもんだっただろう。それこそ、この小説は俺じゃなくてあいつが書くはずのものだったんだ。覚えてるか?あいつ、死ぬ時は自伝を書いて死にたい、って。せめて、この本を書くことで、あいつの魂が安らかに眠れることを祈ってる。
なあ、水音。水音は大学に行きながらアーティストとして曲を作って、まるであいつのことなんて忘れたように歌っている。でも、知ってるんだ。あの時代を一緒に過ごした友人だから、付き合ってしばらく経ったから、知ってるんだ。お前があいつのことを、屋上で出会ってからずっと、心の底から愛していたこと。清水の作る曲に、あいつのことを盛り込んでいることも。
だから、この小説はそれぞれ楽章で分けて書いてみた。これが少しでも水音の慰めになってくれたら、俺は嬉しい。
この本の表紙だとかの絵は全て俺が描いた。専門学校に通いながら絵の仕事はちょくちょく受けていたから、実はこういうのは初めてじゃない。でも、死んだ友人の小説となると、手が震えてなかなか進められなかった。もしかしたら、水音も曲を書くときはこうなのかも、なんて考えているうちに気付けば完成していたんだ。
でも、この本を完成させることは、やっぱり気が引けて仕方なかった。空は自伝を書いて死にたいといってた。それが実際に書かれたのなら……本当に、死んでしまったのだと改めて思い知らされる。人は二度死ぬ、なんていうけれど、この死は一つ目の死でも二つ目の死でもないように思える。死を確定させる行為だ。空の死を、再確認する作業。書いている途中はそんなこと考えていなかったけれど、完成させたからこの本を読み直した時、それを思い知って、しばらく涙と吐き気でぐちゃぐちゃになっていた。
空の日記は、空のお父さんから手渡された。自分で読むには、あまりにも辛すぎると言っていた。あの人は、これからどうするんだろうか。子供だった俺には、切音さんがいたけど……あの人に、寄り添ってくれる人がいることを祈ってる。水音と同棲を始めてから、切音さんとは直接話す機会はなかったな。
水音のことは、もう憎んでいないよ。安心してほしい。空のことは、まだ俺でもわからない。でも、この本を書き上げた時に、似たような感情に襲われることはなかった。きっと、俺の中でも許し始めてるのかもしれない。あいつの過去を知って、思ってることを知って、少しでも理解できたからだろうか。
あいつは、呪われていた。高校の頃首を吊って死んだ、初恋相手に。いや、違う。あいつが勝手に呪っていたんだ。彼女を救えなかった自分を。水音が救ったと思っていたけど、それでもあいつは悩んでた。そんな呪いが「手を伸ばす」という本か物語かになって、多数の自殺者を出してしまったんだと思う。あの自殺事件の名簿をたまたま見ることができた。ほとんど知らない人間だったけれど、実は何人か、あいつから聞いた名前があった。あいつが言っていたこと、覚えてるか?「人生も文学も、誰かの人生の編集」多分これは本当のことなんだ。あいつは、関わった人間全ての物語に宿ったんだ。宿られてしまった人間が、あの小説を読んだことで絶望に強く共感して、自殺してしまった。そう考えてる。
あいつの日記、小説、ありとあらゆる文章を読んで、この本に纏めた。俺も多分そう。あいつの物語に感染したのかもしれない。絶望して、悩んだ。誰かに相談するなんて無理だ。だって、俺自身がもし「手を伸ばす」の物語を広める人間になってしまったら、被害者が増えてあいつを苦しめてしまうかもしれない。でも、やっぱり死ぬのはゴメンだ。だって、死んでしまえばあいつの言うことが全て正しいと肯定してしまう。
明日、俺はここを出ていく。
色々あるけれど、これだけは伝えておきたかった。
死んだあいつを思い出して、俺達三人で創作を続けていられたらなんて、もしを考えてしまう。
ていっても、ダメなんだ。あいつは世界に勝てなかったんだ。
留守の間は、家のことは頼む。自分勝手で申し訳ない。でも、これが清水を守ることでもあるんだ。
あいつは文字が書けるけど絵も音楽もからっきし。
俺は絵が描けるけどあいつみたいに文才もないし、音楽もわからない。
清水。清水なら音楽が作れる。あいつの絶望を歌ってほしいわけじゃない。呪いを呪いのまま終わらせないでほしい。物語が、決して呪いにしかなれないわけじゃないことを、証明してほしい。でも、あいつや俺が生きていたことも忘れないでほしい。願望まみれなのは分かってる。音楽にそこまでの力があるかも確信はない。それでも、清水が歌ってくれるなら、きっと救われる気がするんだ。
「文学に殺された男」
これが俺たちのことを表してると理解できるのは、水音だけかもしれない。それでも、どうか歌ってほしい。歌って、歌って、歌って、生を肯定し続けるんだ。それが俺から送る、唯一の呪いで、物語だ。
霧島陸翔より
――追記 勝手に日記を読んでごめん。でも、空を構成する物語として、書いておきたかった。
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