第3話 “ペット可”にこだわる謎の男性

第3話 “ペット可”にこだわる謎の男性


「後藤さん、お客様、来店されました」


受付スタッフが静かに告げると、奥のデスクで新聞を読んでいた男が立ち上がった。


営業歴12年、ベテラン営業マンの後藤祐介(ごとうゆうすけ)、34歳。島田の直属の先輩であり、何かと目をかけてくれる頼れる存在だ。


「ありがとう。行ってくるよ、咲希ちゃん」



応接ブースに現れたのは、黒いハットにロングコート姿の男性。30代半ばくらいに見えるが、どこか年齢不詳な雰囲気をまとっていた。


「お待たせしました、なごみ不動産の後藤です。ご来店ありがとうございます」


「……山岡です。ペット可の物件を探しています」


「かしこまりました。ペットの種類は……?」


「猫です。ただの猫ではなく……特別な猫です」


「なるほど……(なんだこの人)」


後藤は営業スマイルを崩さずに、淡々と条件を聞き出していく。


どうやら山岡の猫は高齢で、日当たりや静けさ、階段の少ない構造などに強いこだわりがあるらしい。


「猫のための引っ越し、というわけですね」


「そう。私ではなく、あいつのための“終の住処”です」


後藤はふと、数年前に亡くなった実家の老犬のことを思い出した。


(そういう気持ち、わかるかもしれない)



案内したのは、駅から少し離れた築20年のペット可マンション。リノベ済みで、1階の角部屋。庭つき。


山岡は無言で部屋に入り、窓辺に立った。そしてふっと小さくつぶやいた。


「……陽が、いい。ここなら、きっと……あいつも落ち着ける」


「ここ、たまたま今日空いたんです。人気なので、すぐ決まるかもしれません」


「決めます。他を見ても、意味がない気がするので」


その口調はあくまで静かだったが、どこかに芯のようなものがあった。



契約を終えたあと、帰り際に山岡が振り向いて言った。


「あなた、動物を飼ったことがありますね?」


「ええ、昔、犬を。老犬でしたけど、家族でした」


「……そうでしょうね。あの部屋、ただの条件じゃなく、“気配”があった。それを選んだのは、あなたですよ」


そう言って、山岡は去っていった。



数日後――


島田がふと、デスクに差し入れのお菓子が置かれているのに気づいた。小さなメモが添えられていた。


「相棒も、気に入ったようです。ありがとうございました。

― 山岡」


後藤はそれを読んで、ぽつりと一言。


「……気難しそうな男性だったけど、根は優しいんだな」


咲希は笑って言った。


「後藤さんも、似たようなとこありますからね」


「おい、それどういう意味だ」



さて次回、第4話は、どんなお客様とのエピソードがあるのか?楽しみにしてください。


フォロー、応援をよろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る