第1話 はじめてのふたり暮らし

第1話 はじめてのふたり暮らし



地方の小さな駅前通りにある「なごみ不動産」。


チェーン店でも大手でもないけれど、地元では評判の良い不動産屋だ。


「いらっしゃいませ~」


ガラス扉が開いて、カランとベルが鳴る。応対に出たのは、28歳の島田咲希


黒髪のボブカットに、ベージュのブラウスと紺のスカート。地味すぎず、親しみやすい雰囲気が売りだ。


「予約してた山本です。あ、こっちが妻の紗英です」


にこやかに挨拶するのは、山本健太(やまもと けんた)29歳。

その隣に立つのは、新婚ホヤホヤの妻・紗英(さえ)27歳。細身で柔らかな物腰の女性だ。


「ご結婚おめでとうございます!」


「ありがとうございます!」と二人がそろって笑う。咲希も思わず頬がゆるんだ。



「ご希望の条件、改めて教えていただけますか?」


「駅から近くて……2LDKか、広めの1LDKでも大丈夫です。あと、できれば日当たりが良いところがいいですね」


「僕は在宅勤務があるので、静かな環境が希望です」


「じゃあ……防音がしっかりしたマンション、探してみますね。少し古くても、リノベ済みの物件なら住みやすいですよ」


パソコンに向かう咲希の指がリズミカルに動く。

その様子を見て、紗英がふと口にした。


「こうやって一緒に部屋を探すの、なんかワクワクしますね」


「わかります。家具の配置とか考えるの、楽しいですよね」


「ええ!それに……けんたの寝起きの顔を見るのが楽しみで」


「やめてよそれ、恥ずかしいって」


笑い合う二人を見て、咲希は少しだけ胸がチクリとした。


(そういえば、私も昔こんな風に部屋を探したことが……)


一瞬、遠い記憶がよぎる。でもすぐに切り替えて、にこやかに画面を見せた。



内見したのは駅から徒歩8分の低層マンション。南向きの角部屋、リビングに柔らかい光が差し込んでいた。


「……ここ、いいですね」


健太が静かに言うと、紗英がうなずいた。「なんか、ここで一緒に朝ごはん作ってるの、想像できるかも」


「それって、けっこう大事ですよ」と咲希が言う。「未来の暮らしが浮かぶ部屋は、きっとふたりに合ってるってことです」


ふたりは顔を見合わせ、同時に笑った。


「この部屋に決めます!」


「ありがとうございます。」



契約を終えた帰り際、紗英がこっそり沙希に耳打ちした。


「島田さんって、独身ですか?」


「えっ? えぇ、まあ……」


「じゃあ、恋する時間も、まだまだこれからですね」


いたずらっぽく笑って、紗英は手を振った。

その後ろ姿を見送りながら、咲希はそっとつぶやいた。


「……私にも、そんな日が来るのかな」


春の風が、窓の外で軽やかに吹いていた。




さて次回、第2話は、どんなお客様とのエピソードがあるのでしょうか?更新まで楽しみにしていてください。


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