君に殺されて死にたい
李蝶こはく
第1話
目を開くと、よれたレーヨンのカーテンの隙間から差し込んでくる斜陽に目が眩んだ。
頭を持ち上げると僅かに首に痛みが走る。狭い所で気を失っていたからか、はたまた睡眠薬のせいなのか、今ではどうでもよくなってしまった。
体を動かすのも億劫で、ぼやける視界で目玉を動かして部屋の様子を伺った。
床には同居人が仰向けになっていた。寝ているのだろうか。
音を立てないように這い寄ってみる。同居人は気を遣われるのが嫌いだった。しかしこれは彼女の性分だったから変えようがなかった。
同居人は静かに死んだように眠っているように見えた。彼女は安堵し、束の間の安息を得たと思った。しかしそれは間違いだった。
同居人のそばには一枚のコピー用紙が置いてあり、手書きで何か文字が書かれていた。
「部屋の鍵は僕の体中にあります。取り出しやすいように道具を揃えておきました。御免なさい」
彼女が目を上げるとそれはすぐ側にあった。包丁に鋸、剃刀から裁断バサミ等、どれも錆びたり齒が欠けていて、切れ味に些か疑問を感じるものばかりである。
彼女は笑った。そうか、これは夢なのだ。
彼女は同居人の性格をよく知っているつもりだ。飽きっぽくて執念深くて負けず嫌いで全て自分の思い通りに行くと思っている我儘で幼稚な人物。
そんな同居人がこんな文を書く筈がなかった。
彼女は冷たい手で同居人の頬に触れてみた。温かくて血管がじんわりと広がるのを感じる。
側にある剃刀を腕に押し当ててそっと引く。痛みと共に一筋の血が滲み出た。
傷跡は脈打つように痛み、これが夢でないと示している。
彼女は出刃包丁を掴み、同居人の胸に震える手で切先を突きつける。
何度も何度も私は悪くないと言い聞かせた。長い監禁生活で疲弊していた彼女の思考回路は、短絡的で冷静さを欠いていた。
彼女の頭には両手で握りしめた刃物を突き刺す選択肢以外はなかった。というか同居人はもう死んでいるのだ。私が刺したところでその事実は変わらない。
そう考えたら全身の筋肉が軽く弛緩するのを感じた。
両手に汗が滲んできた頃、彼女は軽く体重を乗せて突き刺した。
心臓を無数の蟻に噛まれているような感覚に陥った。
体内は生暖かくて心地よささえ感じる。彼女は手探りで鍵を探した。
そのうち日が暮れた。
鍵は一向に見つからず、左手で包丁を握りしめながらぐちゃぐちゃと体内を探り続けた。
照明をつける元気も勇気もなかった。
生臭い血がねっとりとこびりついて気持ち悪かった。
幾度となく出した吐瀉物が血の匂いと混ざって鼻をつく。
何処から入ってきたか分からない蝿の音を聞きながら、彼女は力を失って後ろに倒れた。
倒れた先にはドアがあって、彼女に押されたドアは音を軋ませながら開いた。
鍵は閉まっていなかった。
後に警察に事情聴取された彼女は、驚くべき事実を知った。
彼女が出刃包丁を突き刺した時、同居人は睡眠薬で眠っており、その時まだ生きていたのであった。
君に殺されて死にたい 李蝶こはく @kohaku_rityou
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