喜んだ私がバカみたい

 その彼の顔は泣きっ面から、

 すっかり安心しきった表情に変わっていた。

 それは、何を考えているか分からないから、

 少し怖い表情でもあった。


「でもさぁ、そう言って絶対に会わないでしょ?」


 意地悪そうな表情で彼は微笑んた。

 うす気味悪い笑顔だけど、きっと何か面白そうな事を企んでるのだろう。


 その反応が嬉しくて私は、

「なら、遊びに行こうよ。また花火見たくない?」


 もう今日で見飽きるほど見たのに、私は思ってもないバカな事を言った気がする。だって思いっきり失恋したのに、

 また花火を見るとかトラウマでしかないのに、

 なんで私はこんな事を言ったのだろう。

 じたばたと私が待っているうちに、彼は私を見て放つ。


「いや、もういやだよ。人も多いし、暑いし、

 俺は海に行きたい。海が見えるホテルに泊まってさ」


 とても素敵な提案だった。

 八月の海はきっと、こんな焦れったい熱帯夜とは違ってさわやかで、

 私たちは夜の砂浜で押し寄せる波の音を聞けるのだろうね。


「いいね。私も行きたい。せっかくならさぁ、静かな浜辺がいいね。

 私ね、人込みで疲れちゃった」


 そう、疲れた。

 ヒビキくんには好きな人がいて皮肉にもカオリだった。

 もう私には脈がないし今更カオリに問いただしても、

 私の肩身が狭くなっただけで何も上手く行かないような気がする。

 そんな私は、恋人未満の親しい誰かと青い海と白い砂浜に座りたかった。


「まじ? 俺も一緒、俺も疲れちゃった。

 しかも、歩きすぎてね、脚がパンパンだよ、花火みたいに爆発しそう」


 よいしょっと彼は屈伸をして、大げさに動いていた。

 上に、下に、上に、下に。

 息を切らして無理に動いていて、


 それが何回見てもおかしくて、私は、

「なにそれ、めっちゃ息切れしてるじゃん、落ち着いて、ほら、ほら」と笑った。


「ああ、大丈夫、ちょっと興奮しちゃった」


 そんな、いい加減な事を話している彼の声よりも早く、

 蒸されたマルジェラの香水の匂いが、私の頬をかする。

 そんな、彼は言おうとする。

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