第3話♢転移魔法

ジリリリリガンガンシャンシャンシャンシャン__



「うるさすぎだけど?!」


アラームにしては、もはや騒音公害級の

目覚ましだった。


コンコン ガチャ__


私が寝ていた寝室の扉が2回ノックされ開く。

 

「おはよ……うつつ。」

もちろん顔を現した主は、

昨日助けて貰った"命の恩人"__かなうさんだ。


「私も霧香も早起きが苦手でね。

アトリエの宝達が起こしてくれるんだ。」


納得だった。

今、目の前にいる彼女の目は開いてすらいない。

 

というか、ガラクタの中に

大量の目覚まし時計が紛れ込んでたとは……。

初見じゃ気づけないな。


「そういえば、霧香さんという方は……?」

「事務所で寝てるよ。今日はアトリエの店番頼んでないし、仕事も休みっぽいから午後まで起きて来ないかな。」


よくあの五月蝿うるさいアラームの中寝れるなぁ……。


「それじゃあ、準備してくるからうつつも着替えてね。」


昨夜、誤爆でクエストに参加してしまったせいか

新規ユーザーの報酬特典で高レア衣装を手に入れた。


私は何もしてなかったんだけどね……。


まぁ、貰えるものはありがたくいただこう。


緑のワンピースと白いエプロン。

緑のベレー帽と白い手袋に、

ケープといった小物から靴まで……

豪華な衣装が丸々一式用意されていた。


これは、不幸体質な私への皮肉なのだろうか…?


衣装の装飾には四つ葉のクローバーのデザインが

あしらわれていた。



「これが似合う女になれと……。」

そう言い聞かされているようだった。


私はワンピースに袖を通し、パニエを履き

エプロンを着けた。


これって__


「これ召使いが着るやつじゃん……。」


部屋にあった全身鏡で、

衣装の着用感をチェックする。


これだけで見たらまるでメイド服のようなデザイン。でも、どこか魔法少女感もある。


とても可愛い……。

私の人生でこういう服を着るとは思わなかったな。


記念に、鏡の前でポーズを取ってみた。


「萌え〜萌え〜きゅん♡」


……って……何してんのよ私。


「おー。可愛いね。」


扉の隙間から、ニヤニヤと私を見ている

かなうさんが鏡越しに見えた。

 

いつの間に……!!


物凄く恥ずかしい……。


「か、顔洗わせてください……!」


顔が熱い。早く冷まさなきゃ。


「どうぞ〜♡」


かなうさんは胸の前でハートを作り、

さっきの醜態をいじってくる。


あー、恥ずかしい。


私は洗面所を借りて、顔を洗った。


「……冷たい。」


なんだか不思議な感じがした。

普通に生活しているのと変わらない感覚で……

ゲームなんだけど物凄く現実に近い。


最近のVRゲームって凄いな……。


スマホのリンク一つで

転送ログイン出きちゃうみたいだし。


「すみません。お待たせしました。」


顔を洗った私は、かなうさんの元へと戻る。


「問題ないよ。

ささっと行ってログアウトしますか。」


「お願いします!」


そして私達は、メインストリートへ。


昨日よりも少し道が長く感じたのは

気のせいだろうか?…遠回りした?


「賑やかですね。」

「広場周辺は店が多いからな。」


夜とは違い、人で賑わっている。


昨日は暗くて分からなかった西洋風な建物の造りや

街の景色がよく見える。


本当に、観光地に来たみたいだ。

 


星紡ぎの扉アステリズム


彼女がそう唱えると、昨夜と同じように

銀河のようなゲートが現れた。


なぜかなうさんはこんな目立つ場所で転移魔法を?


周りの人達もこちらを見ている。


「さぁ、うつつ。離れないように手を掴んで。」


質問する余地もなく、また彼女の手を掴み

ゲートに飲み込まれていく。



「ほら、昨日と同じ場所だよ。

魔物も居ないと思うから安心して。」


かなうさんの言う通り、昨日のドラゴンはいない。


「あ!私のスマホ!」


おかげで無事に見つかった私のスマホ。


良かったぁ……。

財布より失くしたら生きてけないもん。


「傷とかも無さそうだ。見つかって良かったね。」


かなうさんは優しく微笑んだ。


「さぁ、集会所へ行こうか……

と言いたいところなんだけど……。」

 

「……?」


どうしたんだろう?


かなうさんが少々口ごもる。



そして、大きく息を吸った後に爆弾を落とした。


「転移魔法って魔力のコスト高いから

使用したら5時間は使えないんだよね。」

 

生気の失った声と顔のかなうさん。

……灰になってる。


「……そう…なんですね。」


「ちなみに集会所は、ここから休まずに

一定の速度で歩いて5日はかかる。」


「5日?!!」


この場所は、レベルの規制があるみたいで

クエスト以外では滅多に来ないらしい。


他に転移魔法が使える人が来てくれればラッキーだけど、そもそも使える人も少ないらしく……

かなり絶望している。


そういえば、私って昨日来たばかりだけど

レベルって今いくつなんだろう?


まぁ……いっか……今はログアウトが先だし。


「うつつ、今って何時?

かなうさんのスマホ壊れててさ…。

時計が分からないんだよね。」


それならアトリエの目覚まし時計を

1つ持ってくれば良かったのに……。


「ちょっと待ってください、今確認します!」


私は急いで時間を確認するために

スマホのロック画面を表示する。

 

初期設定の背景に表示される不在着信の履歴。


「うわっ、会社から鬼電来てる……。」


不在着信36件……。

流石にかけ過ぎな気もするけど、

あのパワハラ上司ならやりかねない。


「えっと、10時過ぎたところです……。」


とりあえず、電話しなきゃ。


なんて言えば……?


ゲームしてるなんて言ったら怒られそうだし、

何か良い言い訳……。


ツーツーツー__


《この電話は現在使用できません》


繋がらない電話。

もう一度かけ直してみるが、繋がらない。


「圏外だから繋がらないよ。」


そんな……。


「というか、うつつ知らない?

3年前にゲームと通話機能の同時使用が

法的に撤廃されたこと。」

 

「知らなかったです…。」


「まー、昔いろいろ事件あったじゃん?

変な奴がリアルに凸してきたりとかさー。

そのせいで、通話とゲームの同時使用は

禁止されちゃったのよ。おかげで超不便〜。」

 

近年、オンラインゲームでの出会い目的や誹謗中傷などの事件が増加したことをきっかけに、どうやらゲーム中の通話機能は出来なくなったらしい。

 

確かにテレビのニュースでそんなことやってたような……普段テレビを聞き流しにしているせいで覚えてもいない。


「私達が今いるここは、

《ファントム・ストーリー》。

没入型のリアリティVRゲームだよ。」

 

五感を使えるのがひとつの魅力であり、

名前や見た目をリアルから変更出来ない点を除けば

ゲームの頂点に辿り着いたとも言われるほどの自由度で人気を得ている。


"第2の人生"を求めてこのゲームをプレイしている

ユーザーが多いと、かなうさんは説明してくれた。


「なるほど……。」


それがこの妙なリアル感の正体か。


ファントム・ストーリー…

どこかで聞いたことのある響き…。


そんなことを思いながら、

私はスマホの画面に表示されている

不在着信の文字を見て頭を抱えた。


「はぁ……クビかも。」


残業の毎日、上司からの叱責、

後輩からの雑務の押し付け、少ない手取り……。


それでも頑張れたのは、

年2回のボーナスのおかげだ。


今から再就職するのも厳しいし、どうしよう。


「凄く悩んでるようだけど、良い会社なの?」

「いや、全然。」

「なら、いっそクビになってしまおう。」

「いくらなんでも他人事過ぎます。」


生活がかかっているというのに。


「それなら良いことを教えてあげるよ、うつつ。」


そう言うと、かなうさんは第2の爆弾を落とした。


「ここに住めばいい。」


名案だと言わんばかりに目を輝かせ、

私の両肩をがっしり掴む。


「私も3年はここに住んでる。

あ、【S.D.D】っていう酒場の飯が美味いぞ!

住むところに困っているなら私のアトリエに住めばいいし、自分の好きな時にクエストへ参加すれば

この街で使用出来る通貨もたんまり稼げる。

馬車馬のように働いてギリギリの生活を送るよりも

ずっと最高だよね……?」


そう語るかなうさんの目には圧力すら感じた。


「た、確かに……最高ではある……。」


しかし、今の生活よりも物凄く魅力的である。

 

ここで第2の人生を送れたら……

なんて不思議と私もワクワクしてくる。


けど、生活費とか…ゲームの"外の世界現実"では

今どう出来事が動いているのかという

不安と葛藤も心の中にはある。


「まぁ、あと4時間半はここを離れられないけどね。ここマジでなんも無いし、つまんないんだよな。」


そうだった……。


4時間半という言葉に

一気に現実に戻された気分だ。


「でも、うつつとだったら楽しいかもしれない。」


……?

今は楽しくないのかな……?


楽しいかもしれないと笑った彼女は

少し、ほんの少しだけ__


どこか悲しそうにも見えた。

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