恋慕、憎しみ
李蝶こはく
第1話
かくして舞台は幕を閉じた。
エンドロールが始まり、ぱらぱらと観客が席を立っていく。
背の低い女は、席を立つと椅子が軋む様な上映室に一人、取り残されていた。
彼女は不満そうに口角を下げていた。
きっかけは一枚のチケットだった。薄っぺらい茶封筒にこの映画のチケットだけが入れられてポストに投函されていた。
彼女はこの映画の監督を知っていた。場末のオンボロな映画館でしか上映されない作品の監督である。
彼とは大学の頃に映画研究サークルで出会った。
彼女は彼の創る作品に心酔していた。
そしてその純粋な好意と期待は、彼を苦しめた。
優しくて弱い彼は自身に強い嫌悪感を抱いた。
彼女は手のひらに爪を食い込ませながら、彼の作品をもう好きじゃないと言った。
その映画は彼の懺悔ともSOSとも言える作品であった。ノンフィクションだと気づいて欲しくて、それでいて創りものだと思って欲しいような、都合が良くて臆病で。そして物語と言うにはあまりに支離滅裂で、苦しくて、つまらないものだった。
現実というのは実に堅実的で、どうしようもならないものだ。
彼女は彼が映画を作るたびに見に行った。見るたびにくだらない、しょうもないと一人で呟くのだ。誰にも聞かれてないというのに。一か百しか出来ない彼女にはそうする事しか出来ないかのように、繰り返し、繰り返し。
彼女は皮肉で乾いた笑いを残して映画館を出た。
「こんなつまらない映画二度と見ない」
恋慕、憎しみ 李蝶こはく @kohaku_rityou
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