君を好きにならなきゃ、二人とも死ぬ。

うみも

第1話 君を好きにならなきゃ、死ぬ

夏の風が、教室の窓を震わせた。

教室の空気はぼんやりと緩く、誰もが少しずつ新学期に慣れてきた頃合いだった。


天ヶ瀬ユウは、自分の席の隣にいる女子を、ちらりと盗み見た。

柊つかさ。

物静かで、誰にも心を許さないような雰囲気をまとった女子だった。


彼女は今日も教科書を机に広げて、誰とも話さずにノートに何かを書いている。

その姿勢は、静謐という言葉が似合うほどに動かず、まるで教室という喧騒にだけ浮いていた。


「……なあ柊さん」


思わず声をかけてしまってから、ユウは自分の軽率さを呪う。

もう、話しかけるべきじゃないことは分かっていた。

それでも、時間が、命の残り時間が、背中を押してしまうのだ。


「……なに」


彼女は、こちらを見ずに答えた。

その返答に、怒りも呆れも、何もない。ただ空気のような声だった。


「いや、今日も、天気いいなって」


「そう」


会話は、それだけだった。

柊つかさの目は黒く、深く、こちらを通り抜けて何も映さないようだった。


ユウは目を伏せた。

彼女が無関心なのは、分かってる。

他人の心に踏み込まれるのを嫌がる人間だ。

噂によれば、前の学校でもほとんど誰とも関わらずに卒業したらしい。


けれど。


(そんな彼女を……どうやって好きにさせろって言うんだよ)


ユウは机の下で、ぎゅっと拳を握りしめた。

誰にも言えないことがあった。


──柊つかさと両想いにならなければ、俺たちは死ぬ。


3日前のことだった。

駅前の公園で拾った、小さな黒い石。

指先で触れた瞬間、奇妙な声が脳内に響いた。


> 『選定完了。対象:天ヶ瀬ユウ、柊つかさ。契約条件:72時間以内に両者の愛情を成立させること。未達成の場合、両者は心臓停止となる』


> 『この契約内容を他者に話した時点で、即座に死亡』


悪い夢だと思った。

でも、石は消え、代わりに体の奥に何かが“焼きついた”ような感覚だけが残った。

時計を見れば、頭の中に“残り時間”が浮かぶようになった。

現在──残り時間:44時間12分。


彼女は何も知らない。

そして、ユウだけが知っている。

このままでは、彼女も、自分も、命を落とすということを。


(何をすれば、“好き”になってもらえる?

告白? 一緒に帰る? 優しくする? でも、そんな表面だけのことで、感情が動く人じゃ……)


前を向いて、無感情にノートに数式を書き続ける柊の横顔は、美しいのに、遠い。

同じ空間にいて、こんなに“触れられない”存在があるのかと、胸が痛くなるほどだった。


「……柊さんってさ、恋愛に興味とか、ある?」


その言葉が、自然と口をついて出たのは、本当に悪手だった。


柊は、手を止める。

わずかにまぶたを伏せるような動作のあと、彼女は顔をこちらに向けた。


その目には、警戒とも、疑問とも、嫌悪ともつかない、ただの「無」。


「どうして?」


その問いが、怖かった。

けれど、もう引き返せない。


「いや、なんか……誰かに、そういうの、感じたりしたことあるのかなって……」


柊は、一秒、二秒、三秒──思考するように黙ったあと、ただ、淡々と答えた。


「ないよ。恋愛って、非効率でしょ。時間と感情を無駄にするだけ」


そして、またノートに視線を落とす。


「私、無駄なこと、苦手なんだ」


──終了。

まるで“無理です”と張り紙された鉄の扉を前にしたような感覚だった。


けれど、死ぬんだ。

彼女も、俺も。


だから、引き下がれない。

拒まれても、意味がわからなくても、逃げられても、無理矢理にでも、彼女の心に触れなきゃいけない。


ユウは笑ってみせる。


「そっか。じゃあ、俺が証明してやるよ。

恋愛が、効率的で、必要で、無駄じゃないって」


柊は、また一瞬だけ動きを止めた。


それから、こう言った。


「……変な人」


小さく、ほんの少しだけ、口元を動かして。


その瞬間、ユウの頭の中で“死のタイマー”の数字が、1分だけ延びた。


──それは、小さな奇跡だった。


(To be continued...)

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