第2話 私の想い 

「今度、ディーの婚約者が我が家に挨拶にくるよ」


「おとうさま?こんやくしゃって?」


「そうだな。うん、ディーと仲良しになる男の子の事だよ」


「旦那様」


「うーん。では、ディーになんと説明をする?」


「それは……確かに。公爵家からの打診があれば我が家は断るわけにはいかないでしょう」


「公爵の下の息子は問題行動が多い。学園に上がる頃には落ち着くかもしれないけれど、保証はないからね」


「公爵家のあの子は、ディーとはあわないと思いますわ」


「とにかくゴードン家との話は有難い事だ。向こうは領地の経営をどうにかしたいと言っている。私達は公爵の婚約話を急ぎ、一時の間、避けたい。ゴードン家の産業を我が家が手伝えば、我が家にもし、跡取りが産まれた場合は婚約を解消しても構わないとゴードン家から言われているからね。当代のゴードン侯爵は信じて良い男だと思う。このまま縁を組むことになっても良いだろう」


「?」


 私はお父様達の話をよく分からないまま頷いた。



 そして、行われたルーカスとの顔合わせのお茶会。



「よろしくね、ディオーネ」


「はい、ルーカス様」


「ルーカスでいいよ。僕もディオーネって呼ぶから」


「はい、ルーカス」



 両親達はそうやって笑い合う私達にほっとした顔をした。婚約は私が六歳。ルーカスが十歳で結ばれた。


 のんびりやの年上のお兄さんと過ごす時間はとても楽しいものだった。ルーカスは、私に合わせてゆっくりとおしゃべりをしてくれた。庭を散歩する時は、一緒にしゃがんで、花を眺めてくれた。天気の良い日は四阿で本を読み、お菓子を食べ、お茶を飲んだりもした。


 お父様が恐れていた、公爵家との縁組はルーカスとの婚約のおかげで回避できた。子供だけのお茶会で出会った公爵家の令息はとても我儘で意地悪で、とても仲良く出来る相手ではなかったので、婚約相手があの人でなくて良かったと心からほっとした。


 ルーカスと頻繁に会う事はなかったけれど、親同士の仕事の話の合間に私達も会い、庭や、サロンでお茶やお菓子を楽しんだ。


「この本は新刊なんだ」

「早く続きが読みたいです」


 お互いの誕生日にはプレゼントを送り合い、仲の良い、婚約者を私達は続けていた。


 何でもない事をポツリポツリと話し、月日が流れても、私達は変わらず穏やかに過ごした。


 ルーカスの事を特別に思うようになったのはルーカスが学園に入学する時だった。だから、ルーカスが十三歳、私が九歳になる時だ。


 学園にルーカスが行くのは寂しい。行かないでほしい。会う頻度が少なくなる。ルーカスに誰か好きな人が出来たら?婚約解消されるのかしら?そう思った時に、あ、私はルーカスが好きなんだと気付いた。



「私はルーカスが好き」



 声に出してみると、すとんと自分の気持ちに気が付いた。


 異性を好きになるなんてどんなものかも分からない。なのに、初めてでも、しっかりとそれは分かった。



 私はルーカスが好きなんだ。



 でも、既にルーカスの家のゴードン家はしっかりと家を建て直していて、あと数年もすれば私との婚約で我が家と結ばれた商売の販路がなくても問題はなくなるはずだった。


 我が家にもあれから私の下に弟が二人生まれ、私が我が家を継ぐ事は無く、次男のルーカスがゴードン家を継ぐ事も無い。


 ダグラス家には跡取りも生まれ、ゴードン家は経営を立て直した。目出度い事だ。


 公爵家との縁組も逃げられた。その公爵家の次男もようやく他国の侯爵家の方と婚約が最近決まった。こうなれば、私の嫁入り先、ルーカスの婿入り先を探す為にもすぐにでも婚約は解消されるのではないだろうか。


「もう、いつ解消されてもおかしくないのね。状況が変わったもの。私が家を継ぐのであればまだ少しチャンスはあったかもしれないけれど」



 ポツリと呟くと、いつ、婚約が解消になるのかと怖くなった。


「お父様が持っている子爵の爵位を頂けたら……でも、そうなると下の弟には婿入りか養子に出て貰う事になってしまうわ。伯父様の所にはまだ子供がいない……。いや、私よりも、もし養子に行くならば下のエドゥアールを望んでいるでしょう。伯父様と同じ色合いを持つ子だもの。あの子達を困らせることは出来ない」


 弟達は大変優秀だ。そして、何より可愛い。


 そんな弟達に迷惑を掛ける事は出来ない。では、爵位を継げない私達で結婚しましょうとルーカスに頼むの?貴族籍を捨てる?平民の暮らしとは?私は苦労してもいい。でも、ルーカスにさせたくない。


「無理よ。ルーカスも不幸にしてしまう。彼は貴族の令嬢と婚約し直すという選択肢があるもの」


 首を振ってみても、どうしていいのか分からない。



「どうしたらいいのかしら」



 私は成長し、美しいと褒められるような容姿になった。美しく成長した私にはルーカスがいても、恋文の様な手紙が沢山届くようになったのだ。


「まったく、ディーには困らせられるなあ。またあの方からも来ている」


「あら、あなた、喜ばしい事ではないですか。まあ、他国からも」



 そしてやはり、思った通りに、公爵家の令息の結婚式の日取りが決まると、私は十六歳になる前に婚約解消となったのだ。


「ディーはルーカス君との婚約を本当に解消していいのかい?」


 お父様に昨夜そう聞かれたが、婚約を続けて私達はどうなるのだろう?弟達は?ルーカスと私が結婚してお互いの家の為になるの?


 それに、ルーカスの気持ちは?


「ええ。解消して構いません」


 ルーカスには幸せになって欲しい。私には彼を幸せにする覚悟もない。


 私がそう答えると、お父様は少し寂しそうに「分かったよ」と言った。






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