天性コード・ヴェリタス

@Dr-komarun

第1章 1話 ただ1人の者

世界には二つの力がある。


意志によって発動する魔法(アーク)。

理論によって構築される科学(テクネ)。


人類は、この二つの力を同時に手にした最初の種族だった。


それはかつて相容れないとされた水と油のような関係だった。

神託による呪文と、試行による実験。精神と物質。

それが一つに交わったのは、二百年前に発見された**《統合理論》**の存在が大きい。


術式は数式と融合し、魔法は工学と結びつき、やがて「魔導工学(アーキテクス)」として文明の柱となった。


その結果、世界は「セフィロート大系」と呼ばれる巨大な文明圏へと進化した。


地上の旧都は空へと浮かび、都市ごと浮遊する時代となった。

重力は魔科学によって制御され、人間は魔力と知識を道具のように操る。

誰もが何かしらの「性質(コード)」を持ち、その属性に応じて進路も能力も決まる。


コードは、魂に刻まれた情報であり、存在そのもの。


——すべての人間には、生まれながらにそれが備わっている。


そう、誰もがそう信じていた。


だが、その絶対に近い原則が覆されたのが、十五年前。

小さな町、〈ロヴェルド〉に生まれた一人の少年の診断によって。


その名は、ヴェリタス。

彼こそが、診断史上初の——**無性質(コードレス)**とされた存在だった。



「手を、ここに入れてください。そう、深く……そのまま、目を閉じて」


五歳のヴェリタスは、小さな手を緊張で震わせながら、水晶のような診断球に差し入れた。

周囲には両親、検査官、そして彼と同年の子どもたちが数名。

その日、町ではコード診断の特別日が設けられ、五歳の誕生日を迎える子どもたちが一堂に集められていた。


隣の少女の診断球は、鮮やかな青緑色の光を放ち、

「風属性!」と検査官が叫ぶと、両親は抱き合って喜んだ。


別の少年は、真紅の光を放ち「炎属性」だった。

こちらは軍属系の推薦枠がすぐに提示されるということで、父親が握手を何度も求められていた。


——そして、ヴェリタスの番。


球体に手を入れて十秒、二十秒、三十秒。

検査官が軽く眉をしかめた。


「……もう一度、深く呼吸して、心を集中させて」


ヴェリタスは言われた通りにした。

目を閉じて、自分の中を見つめる。

火や風、何かしらの力を思い浮かべてみる。


……だが、水晶球は、何の反応も示さなかった。


まるで、そこに“魂”が存在していないかのように。


「……診断、異常……いえ、反応なし」


静寂が訪れた。


「え?」「ゼロ?」「そんなこと……」

ざわめきが波紋のように広がっていく。


「コード……持ってないの?」

後ろにいた少年の小声が、耳に突き刺さった。



母は困惑し、父は無言だった。

検査官は淡々と処理を進めながら、言った。


「……極めて稀なケースです。おそらく、遺伝子の非活性化、もしくは……」


「異常、ということですか?」

父が静かに問いかける。


「……はい。少なくとも、現行の分類には該当しません。**コードレス(無性質)**と記録されます」


その夜、母は泣いていた。

父は、ヴェリタスの前でそれを否定しなかった。


だが、夜更けに彼の部屋へやってきた父は、こう語った。


「ヴェリタス。お前は、まだ“目覚めていない”だけだ」


「……性質、ないんでしょ?」


「違う。目に見えるコードがないだけだ。お前の中には、誰も知らない形の力が眠っているかもしれない。……それを、**“天性(コード・ヴェリタス)”**と呼ぶんだ」


「……天性?」


「そうだ。生まれながらにして、だれの分類にも収まらない本質。人間が定義できない力が、世の中にはある」


そう言って、父は一枚の金属プレートを差し出した。

そこには、古い機械文字でこう刻まれていた。


  CODE: VERITAS


「これが、お前に残せる唯一の証だ。いつか、この謎を解くときが来るだろう」


それが、父との最後の会話になった。

翌朝、父は姿を消し、それ以来消息は不明のままだ。



ヴェリタスは十年間、無性質の少年として生きた。

他の子どもが魔法陣の一筆で空を飛ぶ中、自分はスティックひとつ動かせなかった。

工学系の授業では適性が出ず、機器と精神リンクができない。

結果、「非適合者」の烙印を押された。


孤立、嘲笑、放置。


だが、彼は諦めなかった。


父の言葉と、金属プレート。

それが、彼の中に灯り続ける唯一の火だった。


——そして十六歳の春。


彼は決意する。


この世界の真実を知るため、旅に出ることを。

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