4話 体と心
「死ぬって大変じゃね…?」
薫の珍しい発言に悟は寝ようとしていたのをやめて瞼を開けた。彼は薫の家の床で毛布のみを身にまとっていた。薫はもちろんベッドの中だ。突然薫は目を凝らして天井を見詰め始めたのだ。悟は気味悪げに、しかし続きを促す。
「大変って…そりゃ大変なんだろうけど…だからなんだよ」
そこから自由連想で二人の話はどんどん進んだ。
「わかんない。なんか怖くなった」
「へえ…別に死にたいとかじゃないんだよな?」
悟はその答えをもう知っているという顔だ。
「うん、もちろん。でもさ、もし明日死ぬってなった時、急にそれやらされる俺の体ってかわいそうだなって。大仕事なんだろうし」
「はあ?」
「やめなきゃいけないわけじゃん?今までの全部を。俺ならやだなって。でも体はあきらめなきゃいけないんだ。それって…すごく寂しくない?」
「うん…まあ…」
「もし俺の体が今までをやめる時…俺は体になんて言われるんだろうな…もしかしたら、恨み言でも言われんのかも」
自分のこととなると薫は途端に厳しくなる。悟が何を言っても許すのに。彼にとっては死ぬ自分さえまだ受け入れられない。でもそれは誰だってそうだ。悟はそれに気付いていなかった。誰でも未熟なうちはそう考えるのかもしれないということに。
「なんでだよ。頑張ってきただろお前だって体のために」
「でも結局、やり通せなかったって言われたらおしまいだ…」
しばらく悟は黙り込んでいたが、彼はずっと考えていたのだろう。その瞬間を。だんだんとその顔は不安そうになり、恐怖に怯えそして悲しみに支配されていった。薫はそれに気づいていなかった。彼はくたびれてしまって眠ろうかと迷っていた。そこへ悟がこう叫ぶ。
「なあ…なあ!そんなこと言うなよ寝る前に!お前が明日の朝冷たくなってたら俺…やだ…どうしてこんなことになったのか!なんで薫に何か言えなかったのかって!…考えて…俺…一生自分を許せねえよ…」
薫は慌ててベッドから飛び降り悟に寄り添う。悟はおいおい泣いていたが、彼に何を言えばいいのかは薫はわかった。
薫はしばらく起き上がっていた悟の背中をさする。悟がだんだんと落ち着いてくると、彼はまた話し始めた。
「ごめんな。俺、みんな同じように考えるだろうと思って、軽はずみにそんなこと言っちゃったんだ。でも、言われたほうはたまったもんじゃないよな。もう心配しないで」
悟は怯え切って泣き顔で薫を見ている。食い入るように、疑うように。
「どうして…?」
薫は小さく笑って見せた。その時すでに悟はいくらか安心していたようで、彼の両目は問うだけだった。
「俺はまだ生きてるし、多分、死ぬとしても自分に笑ってやれる。お前がそんなに泣くんじゃなかなかそれは難しいけど、自分を許せない死なんて俺が迎えた時の、お前の気持ちを考えたんだ。俺だってそんなことをしたら自分が許せない。それに俺もお前に許してもらえない。だから俺は今ここで許す。こんな話して、本当にごめん。安心してくれ。もう大丈夫だから」
悟は悲しみの深みにいたのでその言葉が響いたのだろう。心から安心した様子だったが、少し微笑んだだけだ。
「そう、だね…でも謝ることないよ。ごめん、あんなに泣いちゃって」
「いいんだ。泣かせてごめん」
悟はそろそろ正気に返り、頭を撫でられていることに気づいたらしい。薫の手をやんわり振り払うように頭をかわした。
「なに」
「撫でんな!子供じゃねえ!キモい!」
薫は苦笑し、もう一度悟の頭を撫でてからベッドに戻った。
「おやすみ」
それは言いづらい一言だっただろう。でも薫は言わなければいけなかった。まだ少し不安な悟は言えないだろうからだ。
「ねえ、床硬い」
強がりなのか眠りたくないのか、悟は文句を言う。
「んごー、んごー」
「なあ!床!」
「俺は床じゃないです」
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