第29話:仲間(お題29日目:思い付き)

 レジスタンスは、投降したヴィフレスト兵や、最後までエリアに従わなかった防人を、ヨギュラクシア城の地下牢に叩き込んだ。

「こいつらのせいで、仲間が大勢死んだんだ! 報いを受けさせるべきだ!」

 頭に血がのぼった者達は、そう言って武器を握り締める。

「それは」

「皆さん、落ち着いてください」

 人間と防人、それぞれの先頭に立つヒオウとエリアが諭そうとしても、家族や友人を奪われた者の怒りはそうは治まらない。

「――待って!」

 大混乱に陥りそうだった場で、ゼファーは思わず声を張り上げていた。一斉に注目が集まる。こんなに大勢に見つめられるのは初めてだ。緊張に言葉が詰まりそうになるが、視線を巡らせると、レジスタンスの最前列で腕組みして見守っているウィルソンが軽く頷いて促してくれたので、背筋を伸ばして先を続けた。

「殺されたから憎いって殺したら、今度は君達が憎まれて殺される。そんな憎しみの繰り返しを作るためだけに、君達は戦うの?」

「世界を守るなんてうそぶいて何もしてくれなかった竜族が」

「大事な相手を殺されたことなんて無いから、そんなこと言えるんでしょ!?」

 人間からも、防人からも、非難の声があがり、胸がずきりと痛む。だが、感情に任せて怒鳴り返してしまったら、この場をおさめられない。きっとウィルソンはゼファーを試している。彼らを説得できるかどうか。

 耳を触り、目を閉じて深呼吸をする。まぶたを持ち上げて、ゼファーはその場にいる皆を見渡した。

「ぼくだって、友達になれると思った人間を失った。その怒りがあってエキドナを殺したことは、否定しない」

「なら! 俺達がこいつらを殺したい気持ちだってわかってくれるだろ!?」

「だからこそだよ」

 牢内のヴィフレスト兵の喉元に剣を突き付けるレジスタンスの戦士に、ゼファーはあくまで落ち着いた声をかける。

「エキドナを討ったところで、彼は帰ってこない。きっと、この先恨みだけで戦うことも、彼は望まない」

 そう、カイトは怒りや憎しみではなく、純粋に仲間を助けたいという願いから、自分の力が及ばないと知りながらも、フィムブルヴェートを救うために戦っていた。彼に守られた者として、その願いを受け継ぐべきだ。

「泣いてもいい。怒ってもいい。帰らないひとびとを想い続けてもいい。だけど皆、どうか憎しみだけで戦い続けないで。この先を生きるひと達が、笑顔でいられる世界を作るために、力を合わせてヴァーリを倒そう」

 しん、と場が静まり返る。誰もが戸惑い気味の顔を見合わせていたが。

「はっ、ははははっ!」

 禿頭の大男が突然大きな笑声をあげたので、誰もが驚いてそちらを見やる。

「人間でも防人でもねえ、今日の功労者の竜族のぼうやに正論ぶちかまされて、これ以上ぐだぐだ言うのはくだらねえ! そこの嬢ちゃんにバリットも世話になったらしいしな!」

 男はマギーを見やる。突然名指しされて身を固くする少女を守るように、カラジュが彼女の前に進み出て、牙を見せる。

「ぐだぐだ言わねえって言ったろ? その嬢ちゃんに本当に贖罪の気があるなら、仲間として認めてやっていいって言うんだよ」

 マギーもカラジュも、目を丸くし、ぽかんと口を開けて直立してしまう。モリエールが傍らのアバロンに何やら耳打ちしたかと思うと、

『彼はヴァーリ襲撃の際に死んだ、バリットの実の兄上だそうです。弟を溺愛していたとか』

 アバロンがゼファーだけに聞こえる念話を送ってきた。

 複雑な人間関係がここには存在している。それでも、種族を超えて強敵を倒した今、ここで瓦解する訳にはいかない。ゼファーは大きく息を吸い込んで、演出のように腕を振りながら、更に言葉を重ねた。

「皆、今は人間だからとか防人だからとか、敵とか味方とかを、一時でも忘れて欲しい。リヴァティ王のもとに人間と防人が協力して『ユミール』を倒した時のように、手を取り合おう!」

 呼びかけにも、困惑のざわめきは続く。だが、ウィルソンが口を開くと流れが変わった。

「ゼファーを信じられないか? 確かにゼファーは人間でも防人でもないが、リヴァティ王の妹でありながら竜兵ドラグーンとして彼と共に戦った、現竜王ドレイクメディリアの竜兵だ。彼女と同じ立場の竜族が四人も手を貸してくれるんだぞ。これ以上心強いことはあるまい?」

「それは……確かに」

「そうだ、リヴァティ王の時も、竜族は力を貸してくれたんだった」

 気づきを得たひとびとのざわめきが大きくなる。

「メディリア様の命だからな」カラジュが頭の後ろで手を組んで唇を尖らせ。

「私は竜兵としての役目を果たすだけ」クリミアが目を細めてしれっと言い放ち。

「まあ、危なっかしい弟妹を放っておけませんからね」アバロンはいつもの毒舌で。

 きょうだい達も力を貸してくれる。それがゼファーの心に明るい火を灯した。

 今ならこれを言っても大丈夫だろう。地下牢の中の捕虜達を振り返る。

「君達も。今のヴィフレストが間違っていると、少しでも思っているならば、どうか共に戦って欲しい。敵だったからと、無碍むげに命を奪いたくはない」

 捕虜達が不安げに顔を見合わせる。だが、彼らの決断は思ったより早かった。

「どうせ反乱軍に討たれて死ぬために送り出された命だ。捨てるなら、自分が正しいと思うことに賭けたい」

「マルクスは故郷の家族を皆殺しにしたんだよな。それなのに意固地に奴の肩を持っていたら、あいつらに叱られる」

「どうか、自分達を導いてくれ、竜兵!」

 捕虜達が牢の鉄格子に顔を押し付けて、手を伸ばす。

「皆もいいかい? 今はしがらみも何も忘れる時だ!」

 もう一押しとばかりに、ゼファーはレジスタンスと防人達に呼びかけると。

「……ここでこれ以上駄々こねるのは、無様だろ?」

「ヒオウ様もエリア様もいるんだ。こんなに心強い味方は無い」

「竜兵、あんたにこの命を託すよ!」

 誰もが拳を突き上げて吼え、同意を見せる。

「ありがとう」ゼファーの目の奥が熱くなる。これが『仲間』、カイトが守ろうとしたものなのだとわかり、無性に泣きたくなる。

「では、ガルフォード殿」

「ウィルで良いです」

 歓声が止まぬ中、ヒオウがウィルソンに声をかける。

「ウィル、これからのレジスタンスの策は貴方に託す。まずは今後の進路を打ち出してくれ」

「わかりました。一晩ください」

 ウィルソンの依頼にヒオウは神妙な顔で頷き返す。そのままここを立ち去るかと思った彼は、まっすぐゼファーのもとへ歩み寄ってきた。

「ヒオウ……王子」

「今はコウでいい」

 昔呼んだ名前をまた呼んでいいと言われ、胸がとくんと大きく脈打つ。

「……わかった、コウ」

 おずおず頷くと、王弟は顔を近づけてきて、耳に吐息が触れる距離で、低くささやいた。

「思い付いたんだ。ここを離れて、ふたりきりで話そう」

 そう、彼と話したいことは沢山ある。別れた後、どうしていたのか。彼の母親はヴィフレストの隷属国出身だと聞いた。ヴィフレストで肩身の狭い思いをしていたのではなかったか。そもそも何故、『ヒオウ』ではない名前を名乗ったのか。

「……いいよ」

 ゼファーが見上げて首肯すると、ヒオウは心底嬉しそうに微笑むのであった。

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