第28話:決着(お題28日目:西日)

「だ……っ」

 誰だ、という問いは声にならなかった。喉の奥に血の塊が溜まっているらしい。

 その間にも白馬の騎士はゼファーから『ユミールの尾テイル・オブ・ユミール』に向き直り、馬を走り込ませた。それに続く足音と大音声がある。

「『鬼』を倒せ!」

「人間の底力を、見せてやる!」

 ヨギュラクシア城のレジスタンスが合流したのか。ぼうっとする頭で考えていると、じんわりと温かい光が降り注ぎ、毒が中和され、折れた骨の痛みも消えてゆくのを感じる。アバロンが戻ってきたのかと見上げれば、長兄ではなく、金髪碧眼の美しい防人の女性が、真剣な顔でゼファーの傷を癒していた。

「大丈夫ですか?」

 背後に護衛だろう剣士を置いた彼女が、柔らかい声をかけてくる。それだけで、女性が何者か、ゼファーも確信を得た。

「エリア殿ですね」

 身を起こしながら訊ねると、彼女は声と同じくらい穏やかで綺麗な笑みを浮かべる。それが答えだ。

「ありがとうございます」

 礼を述べると、エリアはゆるゆると首を横に振った。

竜兵ドラグーン殿、礼を言うのはわたくしの方です。守られて、逃げて、後ろから見ているしかできなかったわたくしに、あなたがたは飛ぶ勇気をくださった」

 そう言って上空を見上げる彼女の視線を、ゼファーも追う。そして息を呑んだ。

 大勢の防人が、翼をはためかせて夕空を舞っていた。

「エリア様のために!」

「自分の心のままに我々は戦う!」

 あるいは武器を持って急降下し、あるいは魔法を放って、ヴィフレスト軍の残党を次々と駆ってゆく。そこにレジスタンスの面々も加勢してゆく。

「ゼファー。これが君達竜兵がもたらした結果だ」

 ウィルソンの声が聴こえたので、はっと振り返ると、軍師はアバロンを従えて背後に立っていた。

「『ユミール』を倒すための、人間と防人の団結。かつてリヴァティ王だけが成し遂げたことを、君がやってのけた」

「そんな、ぼくは」

 ただ我武者羅に駆けてきただけだ。カイトと出会い、失い、自分の無力さを噛み締めて、強くなりたいと望み、その導きをウィルソンに求めた。今回も、彼がいなければ、この団結はなし得なかっただろう。

 だが、ウィルソンは唇の端を少しだけ持ち上げて、肩をすくめてみせる。

「俺を叩き起こした功績を忘れてくれるなよ? 間違いなく君がきっかけだ」

「軍師殿のおっしゃる通りです」

 エリアが後を請け負い、語を継ぐ。

「あなたがたが『鬼』を排除し、旗を振ってくださらなかったら、わたくし達は城内で何も出来ずに全滅していたでしょう。あなたは間違いなく、わたくし達の英雄です」

「英雄だなんて……」

 あまりにもこそばゆい言葉に、また無意識に耳に手をやる。

「素直に受け取っておけ、英雄殿」

 ウィルソンがぽんぽんとゼファーの頭を手で軽く叩き、『尾』と戦い続けている者達を見やる。

 槍を持った白馬の騎士は、巧みに手綱を操って『尾』の攻撃をかわし、隙を見ては一撃、また一撃と叩き込んでゆく。不思議なことに、彼の攻撃だけは、『尾』が回復すること無く、白い血が飛沫しぶく。

「リヴァティ王が振るっていた、彼の血を継ぐ者だけが使える、竜王の牙『グラディウス』だな。これで確信を得た」

 ウィルソンが感心したように呟き、ゼファーを見下ろす。

「竜族の身体の一部を使った武器は、『ユミール』を倒せる。竜族がフィムブルヴェートの守護者たる所以ゆえんだ」

「もしかして、それを言うために前線に戻ってきたの?」

「おれっちが伝えに行くって言うのに、意地でも聞かないんだもの、お師様」

 ゼファーがぽかんと口を開けると、ヨギュラクシア城に伝令に送り込んでいたハルトゥーンもいつの間にかウィルソンの隣に並び、呆れ気味に両手を掲げた。

「安全な場所でのうのうと指示を下すのは、凡才以下のあの女と同じで癪だからな」

 ウィルソンの視線の先を見れば、上空の防人に向けて、滅茶苦茶に黒光線を吐くエキドナの頭が見える。防人達は大きく旋回して光線を避け、地上ではマギーやカラジュを援護するレジスタンス達がいる。

「『グラディウス』は、先代竜王ドレイクファングが竜獣ドラゴンに転身した時の牙から作られた。ならば、牙以外でも、竜族にまつわるものならば、何でも構わないだろう」

「でも、一体何を……」

 問いかけたところで、ゼファーははっと思い至った。

「俺に付き合ってくれたおかげで、君もだいぶ聡くなったようだな」

 ウィルソンが勝ちを確信した笑みを浮かべる。ゼファーも頷き返し、もう痛みの無い身体で立ち上がると、拾い上げた短剣で自分の腕を浅く切りつけた。ぽた、ぽた、と流れ落ちる血を、短剣につける。赤が刃を伝って行き渡る。

「『ユミールの尾』の急所は、その名の通りだろう。エキドナの頭を狙え」

「わかった!」

 力強く答え、地面を蹴って駆け出す。『グラディウス』の攻撃でだいぶ動きの鈍った『尾』に向かって跳躍し、エキドナの頭を視界に捉える。エキドナは往生際の悪い抵抗とばかりに光線を吐き出したが、直線にしか撃てないことはわかっている。空中で身を捻ってかわすと、落下の勢いを威力に変えて、エキドナの顔のど真ん中に、短剣を突き立てた。


『ギャアアアアアアーーーーーッ!!』


 濁った悲鳴が辺り一帯に響き渡る。しかし、尾を引く悲鳴もそこまでで、エキドナの顔が黒く染まってひびが入ったかと思うと、硝子を割ったような音を立てて砕け散る。中枢を失った『尾』は、あっという間に全身から白い血を吹き出しながら溶け、白と黒の混じった液体と化して、地面に吸い込まれ、あれだけの惨劇を起こしたとは思えない静寂が戻った。

「エ、エキドナ様が、やられた……」

「『鬼』が、反逆者達に……」

 たちまちヴィフレスト兵達は戦意を失い、次々と武器を捨てて投降の意を示す。

「やっっっ、たー!!」

 マギーが拳を突き上げて跳び上がる。

「ゼファーてめえ、心配かけやがって、この野郎!」

「カラジュ。あんたが竜兵の中で一番役に立ってなかったわよね、今回」

 ぐわしとゼファーの首を抱え込んで、喜びを隠さないカラジュは、合流した姉クリミアに辛辣な一言を浴びせかけられ、「毒舌がまた増えた……」とあっという間に脱力した。

 ゼファーは肩で大きく息をしながら、近づいてくる人馬に向き直る。沈みゆく西日に緋色の髪を照らされる、整った顔立ちの青年は、『グラディウス』を手にしている。それはリヴァティ王の血族しか使えないとウィルソンが言っていたから、彼こそが、ヒオウ王子なのだろう。

「あの、ありがとうございました。ぼくは」

 ゼファーは頭を下げ、名乗ろうとする。しかし。

「わかっている。弱いと泣きべそをかいていた君が、見違えたものだな」

 ヒオウから返ってきた言葉に、心臓がどきりと脈打つ。やはりこの人は自分を知っている。何故、を考える間に、王弟は馬を降り、傍らに来ていた騎士に『グラディウス』を託すと、ゼファーの前に立つ。随分と背が高くて、首を傾けて見上げる羽目になる。

「覚えているだろうか、私を」

 彼が穏やかに笑った瞬間、目の前の青年に、幼い頃出会った少年の顔が重なる。

「……イスミ・コウ……!?」

 愕然とその名をこぼすと、ヒオウは紫の瞳を嬉しそうに細めた。

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