第16話:望まれなかった再会(お題16日目:にわか雨)

 ハルドレストの空は、昼を迎える頃、にわかに雨雲が立ち込めて、ざあっと泣き出した。

 レジスタンスを乗せた船は、傘を持たずに家路を急ぐ人々の横の水路を静かに進み、橋の下へと消える。

 雨に洗われて流れてゆくカイトの血が、彼を忘れろと言い聞かせているように思えたが、ゼファーはひとり首を振って、その考えを否定した。

 忘れない。彼という人間と出会ったことを。彼のおかげで、聖域の外の世界へ出られたことを。この世界には今、悲しみが満ちていることを。

 だから、自分は戦おう。涙を流すひとが一人でも減るように。にわか雨のように、いつかは止んで希望の晴れ間が差すように。

(その為にも、ヴァーリを倒せるくらい強くなる)

 そして、それを成し遂げる為には、モリエールのいう、彼女より力のあるという人物を頼る必要があることも、納得が行っている。耳を触りながら、ゼファーはその人物が何者なのだろうと思いを馳せた。

「ゼファーさん、これに着替えて」

 モリエールが船に積まれていたバックパックから、新しい服を取り出す。元々はヴィフレストの船だったので、携帯食や着替えも多少用意されていたようだ。

 服を受け取り、血まみれの服を脱ぎ捨てる。新しい服に袖を通した時にはもう、ゼファーの中から慟哭する気持ちは消え、カイトの仇の為に戦い続けよう、という決意が、強く宿っていた。

「カラジュさんはここに残って、皆を守ってください。ゼファーさんとアバロンさんは、一緒に来て欲しいの」

 モリエールの願いに、竜兵ドラグーン達は神妙にうなずく。

「まあ、こいつから目を離す訳にいかねえからな」

 カラジュが針を含んだ声色でマギーを振り返る。

「仕事熱心なことで」

 マギーは不貞腐れて膝を抱える。だが、カラジュの言葉が言葉通りの意味ではないことは、ゼファーにもわかっていた。モリエールや竜兵達がいなくなったら、レジスタンスの誰かが、衝動的にマギーを害するかもしれない。その抑止力として、カラジュを見張り兼護衛に残したのだ。槍斧ハルバードは折られたが、カラジュの腕力ならば、素手でも人間を相手取れるだろう。ゼファーは小回りは効くがカラジュほどの膂力は無く、アバロンの魔法は強力だが、強力故に、手加減無しでひとを殺すこともできてしまう。妥当な人選であった。

 レジスタンスの戦士達を船に待機させ、ゼファーとアバロンは、モリエールの後について街に出てゆく。

 生まれて初めて見る街は、家々が立ち並び、にわか雨が去った通りにはふたたび人々が行き交っている。余裕があればもっと観察していたいところだが、今はその時ではないと、重々承知していた。

 モリエールは、ハルドレストに来るのは初めてではないのだろう。勝手知ったるようにすたすたと道を進み、裏通りへ入る。そして、古びた一軒の家屋の前で立ち止まると、扉を叩いた。

 しん、と沈黙だけが返る。

「兄さん」

 周りに響かないように、しかし家の中の人物に確実に届くように。モリエールが声をかける。

「わたしです、モリーです。開けてください」

 やはりしばらく静寂だけが落ちる。

 だがやがて、錆びた音を立てて、扉が少しだけ開く。そこから覗いた顔に、ゼファーは少々びっくりして肩をすくめてしまった。モリエールとアバロンは平然としているので、怯んだのは自分だけのようだ。

 アバロンの外見年齢より少し年上の、二十代後半とおぼしき男だ。だが、水色の髪はぼさぼさで、髭も伸び放題。目の下にはくっきりと隈があって、それらが実年齢よりはるかに年寄りのように見せている。

「お久しぶりです、ウィルソン兄さん」

「……モリーか」

 想像以上に若い声が男から発せられる。

「何をしに来た」

 その言葉も、曇り気味の茶色の瞳も、完全にこちらを拒む暗さを宿していた。

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