第13話:突き立てられた牙(お題13日目:牙)
鬼王ヴァーリは、その名の通りのそら恐ろしい笑みを浮かべながら、ゆっくりと室内に入ってきた。
それだけなのに、かたかたと身が震える。武器を持つ手がぶれる。相手を凝視したまま動けない。
「ヴァーリ……様……」
骨が折れてまともに動けないマギーが、すがるように手を伸ばした。
「アタシ、やりました……。反逆者を……炙り出しました……。だから、弟達の……命は……!」
その言葉に、ヴァーリは今気づいたかのように、蔑む視線を少女に向ける。
「ああ、この程度の任務もまともにこなせない小娘か。役に立たんガキどもは丁度餓えていた『鬼』の餌にしたぞ」
マギーの表情が凍りつき、あっという間に青ざめて、唇を震わせる。
「泣くことしかできない能無しは、それくらいしか使い道が無いだろうよ」
ゼファーはあまりの衝撃に、目を見開いた。自国民を「役に立たない」「使い道」などと、まるで物のように扱い、弟達を確かに大事に思って、刺客役を請け負っただろうマギーの願いを、道端の落ち葉のように踏み潰す。これが、リヴァティ王の子孫なのか。人間の王の器なのか。
敵う気はしない。だが、一撃でも与えねば気が済まない。硬直する身体を叱咤して飛び出そうとするゼファーより先に、雄叫びをあげた者がいた。
「てめえ! この下衆野郎が!」
カラジュが
大剣が一振りされる。それだけで、カラジュの槍斧は砕け、続け様に叩き込まれた拳は利き腕にめり込み、折れる音がした。
「があっ!」
さらに蹴りが入って、カラジュの身体はマギーの隣に吹き飛ばされる。
「お、お前……!」
先程までの刺客の顔はどこへやら、愕然としたマギーが、這いずってカラジュに取り付く。
「お前のしたことは、許せねえけどよ……」
カラジュはぜえぜえと荒い息をつきながら、赤い瞳を少女に向ける。
「あれが、もっと許せねえ奴だった、だけだ」
マギーが弾かれたように目を見開き、その目からぽろぽろと涙を零して、カラジュの胸に顔をうずめる。
それをつまらないもののように冷めた目で見やって、ヴァーリはゼファーとカイトに向き直った。
「あの
冷笑に、恐れは怒りへと変わった。ゼファーは床を蹴り、ヴァーリに肉薄する。カイトがチャクラムを投げて撹乱を図る。
だが、鬼王は猫でも相手にしているかのように軽く身を傾けるだけでチャクラムを避け、振り下ろされた短剣を大剣で受け止めた。押し返す力が思った以上に強い。とんでもない
「もっと俺を楽しませてみせろ、脆弱な玩具共が!!」
大剣を振り下ろしただけで、凄まじい風圧が巻き起こる。飛ばされないように床を踏み締めるので精一杯だ。かと思えば、眼前に鬼王の狂気の笑みを浮かべた顔が迫っていた。考えるより先に反射で飛び上がり、大剣が床を叩き割るのを眼下に見ながら跳躍する。
背後に回って短剣を振り抜く。一撃で倒せるとは思えない。だが、マギーとカラジュの分まで、針のような痛みでも、一打は加えないと気が済まなかった。
短剣が鎧の隙間を縫って、脇腹に食い込む。筋肉があるのか、刃が半分ほどめり込んだところで止まった。じわり、と血が服に滲む。
ヴァーリがゆっくりと振り返る。紫の瞳には、明確な怒りが浮かんでいた。
「この、ゴミクズがあっ!!」
叫びが降ってくると同時に、ゼファーの身体は宙を舞っていた。鳩尾が酷く痛いことから、蹴り飛ばされたのだと後から自覚する。骨は折れなかったが、床に叩きつけられて、動けなくなる。
「脆弱なくせに、俺に傷をつけた褒美をやろう」
ヴァーリが大剣を握り直して、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「『死』という褒美をなあ!?」
狂喜に満ちた顔で、ヴァーリが武器を振り上げる。だが、それがゼファーを真っ二つにする寸前、二者の間に割って入った者がいた。
「ゼファーは、やらせない!」
カイトは必死の形相でチャクラムを掲げ、振り下ろされた大剣を受け止める。重みに腕が、膝が震えても、一歩も退かず。
「虫ケラが、強がるな!!」
ヴァーリの一喝で、大剣に込められた力が増し、チャクラムが砕け散る。
そして。
凶刃がカイトの肩から腹を袈裟がけにするのが、ゼファーにはやけにゆっくりとした動きに見えて、これが現実だと認識するのを、脳が拒否した。
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