第11話:襲撃(お題11日目:蝶番)

 ゼファーは、カラジュ、合流したアバロンと共に、カイトに案内されて、砦内を進む。竜兵ドラグーンに注がれる好奇と不審の目には気づいている。

「気にしない方が良いですよ」

 翼を仕舞い、他の竜兵と変わらない姿になった長兄は、飄々と涼しげな顔をしていた。

「人間は我々ほど個々の力が強い者ではありません。自分より強い者には巻かれ、得体の知れない者は遠ざける」

「耳が痛いね」

 先頭を行くカイトが苦笑する。アバロンはわざと彼に聞こえる声量で話していたのだ。

「実際、これから会う人が、君達竜族を頼るべきだと提案した時も、反対意見は多かったよ」

 それを押し切って、カイトを竜族の聖域に向かわせたのだから、その人物はかなりの実力者なのか。

「ああ、彼女がリーダーじゃないんだ」

 ゼファー達の予想はカイトも勘づいていたのだろう。軽く首を横に振りながら、ひとつの部屋の前で足を止める。

「リーダーはもっと遠くの地にいらっしゃる。僕達はフィムブルヴェートじゅうに散って、仲間を集める部隊のひとつなんだ」

 少年は言いながら、古びた扉に手をかける。蝶番が軋んだ音を立てて、扉が開いた。

 かつては執務室だったようだ。ヴィンテージの机に向かい合って書き物をしていた人物が顔を上げる。カイトよりは年上だろうが、まだ年若いと思える女性だった。桃色の髪をおだんごに結い上げている。戦う者独特の血のにおいがしないことから、彼女は前線に出る人間ではないことがうかがえる。

「カイト!」女性が、カイトの後ろに続くゼファー達を見て、朗らかに歓声をあげた。

「アバロンさん以外の竜族の方も、連れてきてくれたのね」

「ゼファーと、カラジュです。強さは僕がこの目で確かめました」

 どうやら彼女とアバロンは既に挨拶済みらしい。女性は席を立つと、ゼファーの前に立ち、笑顔で手を差し出した。

「はじめまして。わたしはモリエール・ガルフォード。レジスタンスの第十七分隊の隊長……と言っても、戦う力は無くて、こちらで役に立とうと勉強中の身よ」

 彼女はそう言って、反対の手で頭を小突く。

「モリーは軍師のたまごですよ」

 アバロンが耳打ちする。軍師。聞いたことはある。剣ではなく策を武器に、戦士達を動かす役目だ。

 ゼファーがモリエールの顔を見つめていると、彼女は困ったように眉を垂れる。見かねたアバロンが、またもゼファーに囁いた。

「ひとの挨拶は、手を握り合うことで好意を交わすのです。まあ、聖域にこもっていたあなた達にはわからない文化ですね」

「アバロンてめえ、さりげなくディスるのやめろ」

 隣でカラジュが渋い顔をしている。ゼファーはモリエールの差し出した手を、初めて目にするもののように見下ろしていたが、おずおずこちらからも手を伸ばし、しっかりと握り締める。柔らかくて温かい手だ。

「よろしく、モリエール」

「どうぞ、アバロンさんのように気軽に『モリー』って呼んでね」

 モリエールは嬉しそうに笑い、カラジュにも握手を求める。きょうだいは、「お、おう」と少々怖じ気づきながらも彼女の手を握った。

「今まで一ヶ月、ここで様子を見ていたけれど、竜族の方々の協力も得られたし、明日にはここを発って、本部へ向かおうと思います」

 軍師らしくはきはきした声音で、モリエールは今後の予定を口にする。

「その、それがわからないんだけど」

 ゼファーは耳に手をやりながら、質問を投げかけた。

「君達のリーダーはどこにいるんだい?」

 分隊ということは、各地に仲間がいるのだろう。それも少なくない人数。そのリーダーに立つ人物とは、どれだけ求心力のある人物なのか。

「それは……」

 モリエールが一瞬口ごもる。言いたくないのか、言ってはいけないのか、まだゼファー達を信用しきっていないのか。奇妙な沈黙が流れた時。


 ばあん! と。


 勢いよく扉が開かれて蝶番が弾け飛び。

「モリー! 敵襲だ!」

 バリットと呼ばれていた男が、焦りきった表情で駆け込んできた。

「どうして!?」

 カイトとモリエールが途端に青ざめる。

「今までばれないように、この砦に潜んできたのに」

「カイト! てめえが竜兵なんか連れてきたからだろ! つけられてたんじゃねえか!?」

 憎悪の炎を宿した視線が、ゼファー達に向けられる。

「そんな、僕は」

 カイトが必死に弁明しようとした時。


「そう。その甘ちゃんのせいだよ? アハハッ!」

 揶揄するような声と共に、バリットがくぐもったうめきをあげて硬直し、その場に崩れ落ちた。背中には短剣が突き刺さり、過たず心臓の位置を貫いている。

 一撃でバリットを仕留めた手練れが、姿を現す。

「そ、そんな」カラジュが目を見開き、信じがたい、とばかりに声を震わせた。「おまえが、そんな」

「安易に他人を信じるなって、竜王ドレイク様は言わなかったのぉ?」

 そんな彼を嘲笑うようにくちびるを歪めて立っているのは。

「マギー……」

「レジスタンスと、フィムブルヴェート最強って言われる竜族に、手を組ませる訳にはいかないのよ」

 結わないままの髪が揺れる。

「だから、ここであんた達を潰すんだっての!」

 陽気な花盗賊はそこにいなかった。

 ヴィフレストの刺客の顔を現したマギーが窓の外を指し示す。そこには、砦を囲むように十数隻の船が湖上に浮かんでいる。

 竜の牙から作り出したグラディウスの紋章を宿した旗は、まごうかたなく、ヴィフレスト王国の国旗であった。

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