第7話:アーム・オブ・ユミール(お題7日目:あたらよ)

 一面の闇が続くと思った穴の底は、意外と早くに地面を踏み締める感覚が訪れた。灯りも無いのに周囲が見えることを確認する。

(ここも、ダイナソアの造った遺跡なのかもしれない)

 竜族の聖域の神殿を思い出し、ゼファーは周囲を見渡す。カラジュとマギーが落ちてから大して時間は過ぎていないのに、二人の姿は見えない。

「おおーい、いない」「しっ」

 反響しそうなほど大声で呼ぼうとしたカイトを制し、耳を澄ます。竜兵ドラグーンの聴力を持ってしても、誰かの足音を聴き取れない。洞窟はいくつもの先への道があって、カラジュ達がここから移動したのか、どの道を行ったのか、皆目見当がつかない。

『カラジュ。カラジュ、聞こえる?』

 念話を送ってみても、ザザ……と、雨のような雑音が届くばかりで、返事は無い。短剣を持っていない方の手で耳を触りながらしばし思案したが、決定的な解決策は出てこない。

「ここで別々の道を探すのは得策じゃあないよね。全員はぐれる可能性がある」

 カイトが眉根を寄せて呟く。ゼファーも同じ結論に達していたので、「そうだね」と耳から手を離して、短剣を握り直し、一番右側の通路を示した。

「カラジュは左右の選択がある時、右から当たってゆく癖がある。おそらく、同じことをしている」

「きょうだいのことを、よく見ているんだね」

「そう?」

 突然の賞賛に、ぱちくりと目を瞬かせてしまう。竜兵は注意深いのが当然で、カラジュは少々それに欠ける部分がある、というのがきょうだい達の間での共通認識だったので、こと気を払うのが当たり前になっていた。はたから見れば、「よく見ている」になるのか。

 カイトが教えてくれた新発見に感心しながら、「じゃあ、行こう」とゼファーは右の通路へと少年と共に歩き出した。

 通路も明るく照らし出され、火を求める必要も無い。永い間閉ざされていたにしては黴臭さも無く、乾いた空気が漂っている。岩壁も湿っていない。どこかで外と繋がって、換気がなされているのかもしれない。不思議な洞窟だ。

 その不思議さを、ゼファー達はすぐ思い知ることになった。

「……あれ?」

 カイトが間の抜けた声をあげる。道は最初の分岐点の、一番左の道へと出てきてしまったのだ。

「正しい道を行かないと、ここに堂々巡りなのかな?」

「それも考えられるけど」

 それ以上に恐ろしい確率が、ゼファーの脳裏を過ぎる。

「そもそも、『正解の道は無い』のかもしれない」

 きょうだいのアバロンから聞いたことがある。外の世界には不可思議な遺跡があって、迷い込んだ者を呑み込み永遠に彷徨わせる罠を備えているのだと。

(その時、アバロンは何て言ったっけ)

 耳をいじりながら、きょうだい一番に折目正しくて、そして毒舌の長兄の言葉を思い出す。

『そんな性格の悪い遺跡には、丁重に接する必要なんて無いんです。一発、ガンっとご挨拶をね、して差し上げるんですよ』

「……あながち間違っているとも言えないな」

「へ?」

 独り言にカイトが首を傾げる横で、ゼファーは短剣を振りかぶると、勢い良く地面に突き立てた。

 強烈な『ご挨拶』に、洞窟全体が吼えるような轟音が響いて揺れる。そして、二人の背後で何か重たい物が動く気配がして、振り返ると、新たな道が出現していた。

「ゼファー、君って」

 カイトが感心半分呆れ半分の、変な笑いにくちびるをゆがめている。

「穏やかそうな顔して、やることは結構思い切るんだね」

「そう?」

 聖域に踏み込む不審者や『鬼』を容赦無く斬り捨ててきた、竜兵のゼファーの顔を知らないから、出てくる感想だろう。

「とにかく、行ってみよう。カラジュ達も同じ答えに辿り着いていることを信じて」

「う、うん」

 竜兵と少年は、武器を構え直して、新たに現れた道を進む。すると、次第次第に、近づいてくる音がした。

 いや、これは。

「歌……?」

 カイトにも聞こえたのだろう。不審そうにきょろきょろと周囲へ視線を馳せる。


 夜よ 去らないで

 あたらよに この世界を繋ぎ止めて

 『わたし』の 欠片を探して


 メゾソプラノのような女性の声で、歌が奏でられる。それを聴いた瞬間、ゼファーの背筋をぞくりと怖気が走り抜けた。何故かはわからない。だが。この歌の主が、決定的な『敵』であると、身に流れる血、おそらくダイナソアの血が、警告している。


 『わたし』は『闇』

 『わたし』は『鬼』

 『わたし』は『霧』

 『わたし』は『黒き太陽』

 『わたし』は『総べるもの』


 びょう、と。

 すさまじい圧を伴った風が吹き抜けて、ゼファーとカイトは腕で顔を覆い、足を踏み締めて、飛ばされないようにするのが精一杯だった。

 だが、それも一瞬のことで、道が終わり、広い洞穴が現れる。そこに「いる」ものに、ゼファーは表情を凍り付かせて硬直してしまった。

 地面にへたり込んだ少女を守るように、カラジュが槍斧ハルバードを構えている。竜兵として頑丈なはずの彼が、あちこち傷つき、血を流している。

 そして、彼が向かい合う『鬼』。

 そう、それを『鬼』と認識した。翼も角も無く、白ではなくて、闇の凝り固まったごとき黒く、首の無い、四本腕を持った巨人なのに。


 『わたし』は『ユミールの腕アーム・オブ・ユミール


 顔も無い巨人は歌い続ける。


 嗚呼 『わたし』はどこにいる?

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