第5話:外の世界へ(お題5日目:三日月)

竜王わたしが力を貸すことはできない。竜王は外界の争いに関与してはならない。竜王が動く時は、フィムブルヴェートの終焉が迫った時だけ」

 メディリアの言葉に、カイトは明らかに落胆した様子を見せてうつむいた。

「話は最後までお聞き、ひとの子」

 その反応も織り込み済みだったのだろう。竜王は牙をのぞかせて微笑する。

「竜王は関与できない。だから竜兵ドラグーンを外界へ遣るのだよ」

 少年がはっとして顔を上げる。

「やはりお前は頭が良いね」

 メディリアも満足そうにうなずき、己が子供達を見回す。

「ゼファー、カラジュ。その子と一緒に外の世界へお行き。そしてきょうだいと合流して、ヴィフレストが明らかに過った道を辿っているならば、引導を渡しなさい」

「それは」「マジすかメディリア様!?」

 ふたりの竜兵は同時に驚き顔になった。ゼファーとカラジュは竜兵のきょうだいの中でも年若く、聖域から出たことが無いのだ。

 しかも、今聖域に留まっている竜兵はゼファー達だけ。ふたりが聖域を離れれば、竜王を守る者がいなくなってしまう。

「お前達、竜王ドレイクをなめていないかい?」

 明らかに不安を浮かべたゼファー達だが、メディリアは腰に手を当て胸を張ってにやりと笑うのだ。

「私とて、竜兵を経て王となった身。聖域に近づく『鬼』や不届者を『潰す』手段は、お前達よりあるということよ」

「まあ……それは、確かに」

 代々の竜王は、代替わり時に最強の竜兵が選ばれる。ましてやメディリアは人間の王と共に戦った英雄ときた。最大限の力を発揮すれば、ゼファーやカラジュなどは、いや、外界にいるきょうだいの誰もが、一瞬で地面と仲良しになるだろう。

 なにより、自分達は竜王に付き従う者だ。その命令に反するならば、竜族であることを放棄して死ぬしか無い。

「メディリア様の御心のままに」

「わかったスよ」

 竜兵ふたりは竜王の前にひざまづき、こうべを垂れる。メディリアは満足そうにうなずくと、「ひとの子」とカイトを呼んだ。

「は、はい」

 カイトが緊張した面持ちで背筋を正す。

「我が兄の末裔すえを、頼んだぞ」

 それは、正しき者なら救い、悪しき者なら討て、という、リヴァティ王の妹としての願いだ。「はい!」と、少年は決意を込めた声音で返した。

 メディリアは、その様子を満足そうに眺めていたが。

『ゼファー』

 唐突に、ゼファーだけに届く念話で、語りかけてきた。

『……何でしょう』

 同じく主だけに通じる念話で返すと、メディリアは続ける。

『お前は、外界で、お前自身のことを知ってきなさい』

 唐突に言われたことに理解が追いつかないゼファーに構わず、竜王は音無き語を継ぐ。

『私は十八年前、額に三日月の傷を持つ男に、赤子のお前を託された。彼は多くを話さなかったが、おそらく彼がお前の父親。そして、彼はダイナソア』

 突然出てきた、実の親の存在と、始祖種の名が、まるで他人事のように聞こえる。完全に絶句するゼファーだが、メディリアの話は続く。

『外の世界を知ること。「霧」の謎を解くこと。それが、お前の出生に繋がると、私は信じているよ』

 それで竜王の念話は終わった。

「さあ、早くお行き。ひとの子らは、お前が朗報を持ち帰るのを待っているのだろう?」

「はい、ありがとうございます、竜王様」

「礼は全てが上手く行った時にするのだね」

 深々と頭を下げるカイトにひらひらと手を振り、黒い瞳が銀に光って細められる。

「アバロン達にも連絡を送る。そう遠くないうちに、お前達と共に歩むだろう」

「……かしこまりました」

 竜兵たちは再び頭を下げる。しかし、ゼファーは込み上げる感情を抑えきれず、

『メディリア様!』

 今度は自分から竜王に念話を送っていた。

『ぼくの親はメディリア様だけです! 貴女がぼくを育ててくださった日々が、宝物です!』

 竜王が竜兵を育てるのは、次代の王として『霧』に対抗する為。それは竜族の摂理としてわかっている。だが、よちよち歩きの自分を抱き上げて笑いかけてくれた竜王は、確かにゼファーにとって母だったのだ。

『……そんな、今生の別れみたいなことを、言うものでないよ』

 少し困って苦笑しているような声音で、メディリアが返す。

『帰ってきたら、リヴァティにもらって寝かせたままの酒を開けて、水入らずで話そう』

『……はい』

「あ、ゼファーてめえ、なに、お前だけメディリア様と話してるんだよ?」

 無言の時間が長かったので、さすがにカラジュも感づいたのだ。ぐりぐりと頭を撫で回される。

「妬くなんて、カラジュもまだまだ子供だねえ」

「妬いてないっす!」

 ころころ笑う竜王に、カラジュは心無しか顔を赤くして反論し、

「じゃ、行きますから!」

 と明らかな照れ隠しに背を向けてすたすた歩き出す。カイトが一礼して続く。

 ゼファーも踵を返そうとして、立ち止まり、メディリアを振り返って。

「行ってきます!」

 朗らかな笑顔で手を振った。

 先行きが決して笑っていられない状況だとわかっているからこそ、笑みを残そうと誓って。

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