第4話:竜王と人間の王の歌(お題4日目:口ずさむ)

 大理石の神殿の中は、常に光に包まれている。これも始祖種ダイナソアの残した魔術の一環だとは、きょうだいの誰かが言っていた。

 ゼファーとカラジュはカイトを連れて長い廊下を歩き、最奥の扉に向かう。その時流れてきた鼻歌に、カイトが弾かれたように驚きの表情を浮かべた。

 歌の主は扉の向こうにいる。三人が扉の前に立つと、金属製の重そうなそれは、誰の手を借りること無く両開きに動いた。

 永遠に光る石を用いて作られたシャンデリアの下で、白いドレスをまとった黒髪の女性が、小さくステップを踏みながら歌を口ずさみ続けていた。顔つきは、汚れを知らぬ少女のようにも、世界の酸いも甘いも知り尽くした壮年の女性のようにも見える。

「あの」カイトが戸惑ったようにゼファーに耳打ちした「あのひとが、その」

 ゼファーは苦笑で返す。竜兵ドラグーンにとっては当たり前だが、初めて彼女を見た者は、たしかに戸惑うだろう。

「ようこそ、来たね。人間の子」

 女性が足を止めて振り返る。波打つ黒髪がひるがえる。ヘマタイトのような光沢を帯びた、光の加減では銀にも見える黒瞳を細めて、彼女はやわらかい笑みをひらめかせた。

「私がメディリア。当代の竜王ドレイク

 そっと胸に手を当て、竜王は名乗る。

「人間の子。お前の望みは、私の子供達を通じてわかっているよ」

 カイトはさらに動揺したようだった。竜王は竜兵の見聞きしたこと全てを、自分が体験したことのように知ることができる。ゼファー達の戦いも、カイトの願いも、竜王の前には既に筒抜けだったのだ。

「では、改めてお願いを口にするまでも無いですか?」

「頭の良い子は好きだよ」

 カイトの問いに、メディリアはころころと笑い、しかしすぐに笑みを消して、憂鬱そうな表情を見せた。

「よりによって、我が半身の子孫に刃を向けるとは」

 竜王の言葉の意味を、竜兵たちは教えられている。カイトだけが眉をひそめると、メディリアは小さくため息をついて、手櫛で髪をかき上げた。

「ヴィフレスト初代王リヴァティは、我が双子の兄だ」

「え?」

 この事実を知ったひとは、必ずこの反応をする。ゼファー達も外界にいるきょうだいから念話で伝え聞いている。

「で、でも、竜王様は竜族で、若くて。リヴァティ王は人間で、数百年前の英雄で」

「竜族の『生まれ方』を我が子達から聞いただろう? 竜はひとの理の外にある」

 カイトの狼狽えっぷりにメディリアはくすくす笑い、だがすぐに真顔を取り戻した。

「数百年前、フィムブルヴェートを襲った災厄に、私は竜兵として、兄は人間の盟主として、共に戦った。もっとも、生き別れの兄妹と知ったのは、私が先代竜王様から王座を受け継ぐ時だったから、私自身も驚いたがね」

 シャンデリアを見上げて、メディリアは過去に想いを馳せるように目を細める。

「じゃあ、貴女が今、ヴィフレストの国歌を口ずさんでいらしたのは」

 カイトが問いを重ねても、竜王は機嫌を損ねることは無かった。ただ、少しだけ寂しそうに微笑みを浮かべる。

「半身同士と知らずに惹かれた妹へ、兄が教えてくれた、数百年前の子守唄だよ」

 まさか国歌が子守唄だとは思わなかったのだろう。カイトが目をまん丸くして絶句した。

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