閉店セールは永遠に

「⋯⋯どう見ても閉まる気ない」


そう言ってルナは、雑貨屋“アイテム”の前に立ち尽くしていた。小さなガラス扉の店。店先には風に揺られる「ありがとう閉店セール実施中!」の旗。


この幟旗のぼりばたを初めて見たのは三ヶ月前。いや、もしかしたら四ヶ月前かもしれない。時の流れというものは、雑貨屋の嘘とともに曖昧になる。


ガラス越しに見える店内は、棚がきちんと整頓され、色とりどりのカップやぬいぐるみ、布小物がきらきらと並んでいる。


(絶対に閉店しない)


ルナは、腕を組んでその場に居座った。これは、明らかに報告対象だ。閉店セールが終わらない店という、奇妙な現象。


思い返せば最初は、本当に閉店すると思っていた。「うわぁ、惜しい店がなくなるんだな」と思って、紙袋いっぱいにマグカップを購入した。


しかしその翌月も閉店しておらず、次の月も扉の風鈴が静まることはなかった。


「これはつまり、永遠の別れごっこ」


ひとりごちて、ルナはポーチから手帳を取り出した。


◆極秘情報No.011

『雑貨屋“アイテム”閉店するする詐欺を決行中』

旗や張り紙で安売りを謳うが、むしろ品揃えは増加。

→別れの演出に商機の可能性。開店にも応用か?


「ふふ、完璧な報告⋯⋯」


満足げにペンを止める。戦略にまんまと乗せられ、ほぼ同じデザインのマグカップを数十個買わされた恨みだ。魔王様から報いを受けるがいい。


⋯⋯ただ、欲望には抗えない。ルナはまた店の中へと足を踏み入れた。


「いらっしゃいませ〜」


飴色の髪をお団子にまとめた店主が、いつもの調子で迎えてくれる。ふらふらと棚をめぐり、ふと目に留まった、白地に猫の刺繍が施された布ポーチを手に取る。


「それ、最近入荷した新作なんですよ〜」


店主は肩をすくめ、笑い声をひとつ。その声は、店内の空気に溶け込んでいた。ルナは小首をかしげ、商品タグを指でなぞる。タグには「在庫売りつくし」「最後のチャンス?」の文字。


「仕入れている時点で閉店する気ゼロ」


言葉は柔らかいが、ルナの観察眼は鋭く光る。店主の頬に、一瞬だけ影が落ちたように見えた。


「うふふ、言われちゃった〜」


そう言って軽やかに笑う。その笑顔はあくまで自然で、けれどどこか秘密を共有しているような誘惑を孕んでいる。


「どうして閉店を示唆するの?」


問いかけるルナの声は、真剣さと好奇心の中間にある。店内の明かりが、ふたりの影をゆらゆらと揺らした。


「それはね、みんながちょっぴり優しくなるからよ」


レジ横のフェルト人形にそっと手を伸ばし、ほころびを確認するよう指先でつまむ。その所作には、長年この仕事を続けてきた職人気質が感じられた。


「優しく?」


「そう、あと少しで終わるって聞くと、人って気持ちも、お財布もちょっと緩むの。立ち止まって話も聞いてくれる。だから、やめられないのよね〜」


店主は微笑みながら、そっと新しいポップを壁に貼り足した。刹那ルナの心には、まるで小さな魔法をかけられたように不思議な納得感が広がった。


結局、例のポーチにお金を支払う。必要はなかった。でも終わりかけているという雰囲気が、なんとなく買わないとと思わせた。




そしてその夜、彼女は夢の中で「閉店セール・ファイナルグランドオープン!」という矛盾だらけの看板を見てうなされることとなる。

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