団結の味
昼下がりの王都ダカラナニは、妙な香りが漂っている。それは酒場でも広場でもなく、城下西側に構えるロイヤル騎士団本部の裏手にある、食堂からであった。
その香りを辿るように、石壁の影からひょっこりと顔を出した少女。魔族のスパイ、ルナである。彼女は鉄柵の隙間から双眼鏡を覗き、団員たちの出入りを観察していた。
「やっぱり今日も人が集中している。鍋の日、確定」
ルナは数日前から異変に気がついていた。ロイヤル騎士団の団員が、訓練後に揃って食堂に向かう様子。それも、明らかに早足。
その情報を裏付けるように、今まさに食堂の煙突からは、ふわりと湯気が上がっている。
「⋯⋯よし、確認に入る」
彼女は年季の入った白エプロンを取り出し、身につけた。このエプロンは、以前パン屋コネコネで潜入調査として臨時バイトをした際に借りパクしてしまったものだが、今となっては役に立っている。
髪を顔の前に垂らし、地味な表情を作る。そして、配膳係の新人見習いとして食堂へと歩き出した。
門番がいないことを確認し、タイミングを見てすっと中へ入る。誰もルナのことを疑わない。なぜなら⎯⎯
「お、来たか。あっち、取り皿が足りねえ」
「こっち、七味くれ!」
「新人ちゃん、エリンギ取って! 落とすなよ!」
きのこ鍋が、すべてを許したからである。
内部は、まるで戦場であった。十数人の団員が小さな鍋を囲み、真剣な面持ちで煮え加減と火力を管理している。
鍋の中では、しめじ、しいたけ、エリンギ、マッシュルームが踊っている。そこへ白味噌と赤味噌の合わせダレが投入され、色彩と香りの洪水が押し寄せてきた。
「火の加減、もう少し弱めろ! 旨味が飛ぶぞ!」
団長の号令は、前線指揮官のそれだった。鍋のリーダーすら自ら務める。恐るべき統率力。
「了解! 死んでも出汁とのバランスは守ります!」
ルナは圧倒された。これは食事ではない。作戦行動だ。この光景は何なのか。彼らは何と戦っているのだろうか。ルナには分からなかった。
気づけばルナは、団長の正面、鍋の一角に陣取っていた。
「味、どうだ?」
団長が尋ねる。ルナは一口すすった。
「⋯⋯⋯⋯」
静かに目を閉じる。濃厚な出汁のうま味。塩気の奥にある甘さ。歯ごたえと滑らかさのコントラスト。これは、料理であり、戦術であった。
「⋯⋯おいしい。団結の味がする」
「ははっ、言うじゃねえか。お前、味覚は良さそうだな」
「いえ、私は⋯⋯ただの、きのこ鍋研究員」
自分でも何を言っているのか分からなかった。だが、団長は満足げに頷いた。
食後、団員たちが更なる改良や配合について討論しているのを横目に、ルナは報告書をまとめる。
◆極秘情報No.008
『ロイヤル騎士団内にて鍋会と称した食事交流が流行中』
団長自ら指揮を執り、軍事並みの計画性をもって実施。
→多くの副次効果を確認。魔王軍の組織運用にも応用可。
「次は鍋のシメ文化についても調べるべきかも」
きのこ鍋の香りを脳裏に残しながら、ルナはそっとエプロンを畳む。返すつもりは、たぶんない。
翌朝。
いつものごとく、ルナからの報告書を確認。なぜか乾燥マッシュルームのかけらが同封されていた。
「⋯⋯鍋、か」
朗読のように、そのひとことを口にする。気配を察して、魔王の影がそっとたずねた。
「魔王様、それは重要な報告でしょうか?」
「いや。全く重要ではない」
即答。だが、ほんの一泊、沈黙があってから付け加える。
「きのこ鍋⋯⋯メモしておけ」
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