第12話「“人を育てる”ってどういうこと? 村に学校をつくろう」

「ねえレオン様、“学校”ってなんですか?」


 そう聞いてきたのは、畑の手伝いをしていたリッカという少女。

 土まみれの手で一生懸命にじゃがいもを掘るその姿に、俺は思わず笑ってしまった。


「学校ってのはな、勉強したり、友達と喧嘩したり、先生に怒られたりする場所だ」


「怒られる場所なんですか?」


「……半分合ってるけど、違う」


 ことの始まりは、村の有能メイド・ティナがぼそりと呟いた一言だった。


「レオン様。子どもたちの“読み書き”の習熟度、把握されてます?」


「え?」


「最近、納税記録を一部子どもたちが書いているんですが、

 “じゃがいも”の“も”が“まる”で書かれてました。あと、“芋”が“馬”になってました」


「……芋の税金、馬になってたの?」


「馬30個です。食えません」


 ──これはマズい。


「この村には、教育機関がないんです。誰もが“なんとなく”で育っている。

 でも、それじゃ“できる子”も“困ってる子”も置き去りです」


 ティナの言葉は重かった。

 復興が進み、交易も始まり、基盤が固まった今だからこそ、

 “人の成長”に目を向けるべきタイミングなのかもしれない。


「よし、作ろう。“フェルネ村立・学習舎”を!」


「学習舎……響きだけは偉そうですね」


「Excelの“関数”を教える授業もあるぞ」


「……子どもたち泣きますよ」


 さて、“学校”を作るといっても、この世界には教育制度なんて整っていない。

 俺たちはまず、“何を教えるか”から考える必要があった。


「読み書き、計算、歴史、農業の知識、あと……礼儀作法?」


「それに加えて、“お金”の扱い方も教えたいですね。

 『利子』とか『交換比率』とか。小さくても“経済感覚”が大事です」


「アリシア、それもう“商業高校”じゃない?」


「将来、村人全員に帳票作ってもらいたいんです」


 ──Excel信仰が広まりつつある。


 教える人材が必要だった。


 村の中で、“人に教えるのが上手い人”を探していったところ、

 意外な人物が名乗りを上げた。


「わたし、昔ね……学者の助手だったんです」


 そう言ったのは、ルゥおばあさん。畑の片隅で薬草を育てていた静かな人物だ。


「この歳になると、言葉もゆっくりになるけど、子どもたちには合わせられると思います」


 さらに、元兵士のフィリオが「礼儀と護身術」の講師に。

 パン屋の夫婦が「計量と取引の基礎」を。

 そしてティナとアリシアが「文字と数」の担当に名乗り出た。


「……え、じゃあ俺は?」


「レオン様は、週一で“お楽しみ講座”を」


「お楽しみ?」


「『Excelがあれば戦争に勝てる』みたいな講座です」


「それ、子ども向け……?」


 校舎は、元の倉庫を改装することにした。


 村人たちがこぞって協力し、ペンキを塗り、机と椅子を作り、

 廃材で小さな黒板まで設置された。


「ねぇ、“字”ってどんな形なの?」


「“あ”はね、こうして、ぐるって回して、しゅっとするの!」


「しゅっと……」


 教室には笑い声が絶えず、でも時折、真剣なまなざしもあった。


 開校初日、村全体で“始業式”が行われた。


「ここに、“フェルネ村学習舎”の開校を宣言します!」


 エリクが大声で叫ぶと、村中から拍手が起こった。


「皆さん、学ぶことは恥ずかしいことではありません。

 “知ること”は、“生きる力”です。誰かの後ろを歩くのではなく、

 自分の足で未来を歩けるように、一緒に学んでいきましょう」


 そう言って壇上に立ったのは──ティナだった。

 彼女の言葉は、まっすぐで優しかった。


「……すごいな」


「レオン様?」


「なんか、俺がいなくても村が動く感じがする。

 それがすごく……嬉しいんだ」


 授業が始まった。


 子どもたちは目を輝かせながら、文字をなぞり、数を数え、

 時には“ノートの角で遊んだり”して、教室を楽しんでいた。


 その中で、俺はリッカの後ろにそっと近づいた。


「“学校”って、怒られる場所だった?」


「ううん。“楽しいところ”になりました!」


「そうか、それはよかった」


 その夜。ノートにはこう書かれた。


■フェルネ村 学習舎 開校

・対象:6〜14歳の村民(希望者は何歳でも可)

・講師:村の有志5名+交代制

・教科:文字、数、歴史、農業、生活、Excel(仮)

・目的:“未来を自分で設計できる人”の育成

・副次効果:村に“文化”が生まれはじめている


 Excelは教えられない。でも、“考える力”はきっと教えられる。


 子どもたちが未来を作るなら、

 俺たち大人はその“設計書”を一緒に作るべきだ。

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