第10話「姫様が視察に来た!? 村の実力、見せる時」

 その報せは、まるで落雷のように届いた。


「王都から使者!? しかも……視察!?」


「はい。王家直属の監察官が、“開拓村の視察”に来るそうです」


 ティナが広げた手紙には、赤い封蝋と「王紋」が押されていた。

 その下に、聞き覚えのある名前が書かれていた。


「グランリーフ侯爵家第三令嬢、ユリア様……?」


「ユリア様!? それって……あの“氷の姫”と呼ばれた……」


 “氷の姫”──冷徹、厳格、貴族至上主義。

 かつて政務官見習いとして数々の村をバッサリ切り捨てたと噂される、恐るべき視察官。


 ──やばい。


「村の資料、整理し直します!」

「パン屋のかまど、新品に見えるよう磨くぞ!」

「いや、それより道のぬかるみ、何とかしないと……!」


 村人たちは蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

 でも、それは恐怖からではなかった。


「レオン様が頑張ってるんだ。俺たちの“今”を見てもらおうぜ!」


「そうよ。あんなボロ村がここまで来たのよ! 見せてやりましょ!」


 ──少しずつ、村に“誇り”が生まれている。


 そして、当日。


 やってきた視察団は馬車三台に騎士四人という、やたら物々しい構成だった。


 中央の馬車から降り立ったのは、銀髪の少女。


 涼やかな目元、きりりと結ばれた唇。

 その表情は、まさに“氷”のように冷たい。


「……ここが、フェルネ村ですの?」


「はい! 村長代理のレオンと申します。ようこそお越しくださいました!」


 まずは明るく。笑顔を崩さず。“最初の印象”は重要。


「案内いたします。どうか村の取り組みを、五感で見ていただければ」


「……結構。貴方が“再建を主導した”との報告を受けておりますわ。

 村とは何か、見せてもらいましょう」


 視察はまず、畑から始まった。


「ここは“輪作式”を導入した畑でして、毎年異なる作物を──」


「その方式、農業学者から聞いております。結果として、収量は?」


「前年比で約160%増です」


「根拠は?」


「こちらの作付・収穫実績表です。手書きですが、月別に記録を」


 俺は革バインダーから“フェルネ帳票”を取り出し、見せた。


「見やすい……。凡例、凡例が整っている……!」


 ──微妙に表情が崩れた?


 次に案内したのは、災害対策倉庫。


「ここには住民から納められた“現物税”を備蓄しています」


「納税制度を導入している村は少ないと聞きますが……徴収は強制では?」


「いえ。“できる人が、できる形で”を基本にした、信託型制度です。

 現物・労働・支援行為など、柔軟な形式で協力してもらっています」


「制度図は……ありますか?」


「もちろん」


 ──Excel脳の本領発揮。構成図、納税別グラフ、用途別支出表をフリップで提示!


「ふむ。……ふむふむ。非常に、合理的ですわね」


 ……やった。今、“口角が1ミリ上がった”ぞ!


 午後、視察は“村の暮らし”の見学に移る。


 パン屋では村人たちが出迎え、子どもたちが劇の練習を見せる。


「それは……?」


「感謝デーの出し物です。“勇者アントンとパンの魔王”。今年は“復活編”だそうで」


「ほう。演劇文化……。なるほど、地域アイデンティティを形成する“文化”の試み……」


 完全に“行政評価モード”に入っている姫様。

 俺も頷きながら、内心で叫んでいた。


(頼む! 誰か、もっと“人間味”で攻めてくれぇ!)


 その時。


 アリシアが、リュートを手にそっと姫様の前に立った。


「よろしければ……一曲、いかがでしょうか」


「……え?」


「村で覚えた歌なんです。“人が人を想うとき”という民謡で」


 リュートの柔らかな音が、風に乗って流れる。


♪ ほしのあかりを たよりにいこう

♪ あしあとたどる あなたのそばへ


 ──村人たちの手が止まり、風の音さえも静かになる。


 ユリアのまなざしが、ふっと緩んだ。


「……美しい。これは……村の歌?」


「いいえ。でも今は、“私たちの歌”です」


 視察の終わり。ユリアは静かに言った。


「……私はこれまで、多くの村を見てきました。

 そこには、“数値”や“制度”しか見出せないところもありました」


 そして、俺に視線を向ける。


「けれどこの村には、“想い”がありますわ。数字を使って、心をつなごうとする人がいる。

 それは、この時代において、最も貴いことです」


「……恐縮です」


「レオン殿。貴方の行いは、“村人の暮らし”として、確かにここに息づいております」


 ──その言葉だけで、報われた気がした。


 帰り際、ユリアが小声でつぶやいた。


「ちなみに……あの帳票、どこで学ばれたのです?」


「……別世界です」


「……は?」


「いえ。図書室です。たぶん」


 ──なんとかごまかした。


 その夜。ノートにはこう記した。


■王都より公式評価「高評価」

・特例予算の打診あり(保留中)

・ユリア様、最終的に笑った。尊い。

・村人たちの誇り=何よりの成果

・次回用資料、清書予定(眠い)


 次は何を目指そう? 国からの援助か? 他村との連携か?

 でもその前に──


「Excelで作ったプレゼン、異世界でも効いた件」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る