第10話 〔西岡〕
久しぶりに俺は昔の仲間がいるショップに向かっていた。自分ではなく最近泊まり込んでる坊主のために。
大島のやつがマフラーと一緒に渡してきて、境遇に同情した+お代ちょっとマケますぜ!の言葉で流されてしまった。流石大阪の商売人、口が上手い。
引き取った坊主、黒崎健吾は昼の間区役所に駆け回って自分のルーツを調べているとのこと。そして夜には持ってきたバイクで首都高に出ている…どんな走り方をしているのか少し気になったので、愛車で後ろを追いかけてみた。そこそこテクニックはあるがトップギアでエンジンのオイシイところまで回っていない印象。道も覚えていなさそうだ。
大体同じタイミングくらいでうちに帰ってきて、嫁が作ってくれた晩飯を一緒に食べる時、それを話してみた。すると聞けば自走不能から学生だけでエンジンを組み直したらしい。それならあそこまで持って行けたというなら十分凄いと感心した。でも健吾は「今までパワー不足を感じていなかったが今回で初めて実感した。せめてカタログ通り、できる事ならポテンシャルを引き出したい」と語っていたので今日こうしてショップに訪れているのだ。
「西岡ぁ久しぶりじゃん!何しに来たんだよ?車か?パーツか?」
「いやいや嘉田さん俺はもうメカ頼まねぇって。コイツの見れるか?お前の店バイクできるヤツもいただろ?」
「んん〜誰コイツ?」
健吾に自己紹介と境遇の説明をさせる。いろいろな事情からくる虚しさを埋めるために夜に繰り出していたこと、でもバイクで経験したことのない領域に来てから初めてもっとパワーを…と思ったこと。走り続けることで見えてきたもの、知ったもの…それらがこれ以上なく魅力的に感じ中途半端な域で満足できなくなったそうだ。
「なるほどねぇ、でも速さ求めるならそのバイクチューニングする金でもっと速いの買えばいいじゃん。カワサキのZZ-R1100とかホンダでもCBR1000Fとか…最高速狙うならいくらでも良いやつはあるぞ?」
「でも僕は…コイツがいいんです。信じてスロットル捻って、もし最悪の結果が起きたときにもこれでよかったんだって思えるような…」
「"好き"なんですよ、好きなものじゃないと自分預けれないなってゆう感じ…です。」
16の少年に何がここまで覚悟付けるのか、自分も同じような事しているとは言え少々驚いた。しかし嘉田さんは膝を叩いて笑い出したのだ。
「まんま若い頃の西岡じゃねぇか、違うの二輪か四輪くらいかだよこれ!」
俺が当時頑なにGT-Rへ乗り換えず、初代フェアレディZに拘り続けて、乗り換えた今もエンジンだけは引き継ぐような深い愛着。理論的でも合理的でもない、ただ好きだから。それだけの理由で俺はZに乗り続けたし、きっと健吾も同じような考えで修理したボロのCBR900rrを乗り換えずにいるのだろう。
「取り敢えず見てやるさ、予算は?」
「15万で出来ることありますかね…?貯金全部なんすけど…」
「十分だ、大がかりな事じゃなくて本来の力を取り戻すことがメインだろ?お前のCBRでもカタログスペックじゃ290km/h出るんだ、まずはそこまで。物足りなくなってきたらバイトするなりで金貯めてまた持ってきてくれ。」
もともとCBRはハンドリングに拘られている。無理に最高速仕様にせずとも本来の持ち味で良いものを持っている。それにエンジンの素性も悪くない、元の力に戻すだけで十分なパワーを得られるだろう。しかし嘉田さんは分かっている、今はこれで満足するだろうがいずれまた自分の店に来ることを。健吾はかつての俺と同じように超高速の領域に飲まれてしまっている。あの領域には誘引する何かがあるわけではない、知れば途端に沼となるのだ。制御できるかできないかの領域を少しづつ覚えて、慣れていくことで本来手に余るような力を操っていく。嘉田さんは彼にそれを教えたいらしい。
「パッと見てきた感じなんとかなりそうだ。取り敢えず今回は難しいことしないし、2時間あれば“本来の力”を取り戻せるよ。」
外に行ってきてもいいと言われたが東京の真夏日に歩き回るのは辛い。健吾も同感なようでショップの中を見学することで決まった。ホイールやパーツ、俺もなじみがあるような昔の写真などが並ぶ。しかし健吾は小窓からリフトに上げられた整備中の車を眺めていた。
…銀色の鉄仮面スカイライン、アニキが乗っていたのと同じ車。アニキのは赤色だったという違いはあれど、過去を思い出すトリガーとなるには十分だった。覚えている、金色のTurboRSの文字。FJ20、当時最強の4気筒DOHCターボエンジン…まだ走っていたとは。アニキの鉄仮面スカイラインはブースト2倍から得られる暴力的なパワーで後継車種のGT-R相手に大立ち回りを見せていたのだ。自動車300km/hを初めて達成したのがゲイリー光永のパンテーラだとするならば320km/h、200マイルの初達成はアニキの鉄仮面だろう。
「大島先輩から聞きました。ご友人が乗っていたんでしたっけ?」
「……そうだ。」
「古い車ゆえか、スピードを出すという行為ゆえか死んじまったけどな。」
アニキは興味本位で走り続けていた俺にこの世界の負の側面を見せてくれた。それと同時に俺をこの世界に縛り付けたのだ。今も見える、あの赤い鉄仮面スカイラインの残像が。そして今は紫のR33にそれが重なっている。
二人して作業風景を眺める後ろから嘉田さんが後ろから懐かしい写真を持ってきた。まだ初代フェアレディZに乗っていてこの店に世話になっていた頃の写真。
アニキの事故以来メカは自分でやるようになってしまって、このショップで世話になるのは車検の時くらいになっている。
一人、また一人とこの領域に踏み込んできている。喜ばしいのかやめたほうがいいと思うのか自分でも分からない。ただ当の本人たちにとってそこで過ごす時間こそどこか幸せを感じれるのだろう。
色褪せた写真の向こうで微笑む、あの頃の俺がそう語っている…
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