異世界よもやま

御厨 なこ

メドゥーサとアテナ

「ほんっっっとに!ごめん!やりすぎました!!」

絹糸のような美しい金色の長い髪。黒目がちの大きな瞳を彩る長い睫毛。白磁器のような白い肌に薄紅色の頬と唇────そんな女が、目の前で両手を合わせて頭を下げている。

男だったら一溜りもないであろうその姿を冷ややかに見下ろすもう1人の女と、無数の蛇。

「急に人んち押しかけてきて何かと思ったら……あと数百年早く気づいて欲しかったわそれ」

謝罪された女───メドゥーサは、石化防止の魔石で作った眼鏡を外しつつ深いため息をついた。

無理もない。視線を合わせると相手を石にしてしまう呪いの目、髪の代わりに頭を覆う蛇の群れ、その元凶こそ、今目の前で手を合わせている女───女神アテナなのだから。

「いやでも、私んちで愛人と致してるあんたも相当だからね?」

「それはそうだけど、私あのときすぐ謝ったじゃん」

「いやー、頭に血が上ってあんま覚えてないのよそれ」

「謝りに来たの?煽りに来たの?」

「謝りに来ました!!」

再び手を合わせるアテナを一瞥すると、メドゥーサは頭上の蛇とともにやれやれと首を振った。

「そもそもさ、なんで急に謝りに来たわけ?」

「お父さんが、そろそろ仲直りしたらって言うから……」

「小学生か?」

「もちろん私もちゃんと謝りたいと思ってたの!」

「……ホントに?」

「ほんとですぅ!」

多少呆れながらも、実はメドゥーサの方も大分怒りは風化してきていた。

最初の方こそ引きこもりはしたものの、数ヶ月泣きに泣いて吹っ切れたあとの行動は早かった。

石化防止の魔石を手に入れると、腕の良さで評判のドワーフに眼鏡を作らせ、頭上の蛇の量や長さを自分の意思で変えられるように鍛錬を積んだ。そうしてツインテやポニテを楽しみつつ、街に繰り出すようになった。

たまにしつこいナンパ男が絡んでくれば、眼鏡をずらして短時間で解ける石化をさせてみたりと、呪いと上手く付き合えるようになっていたのである。

「分かった分かった。じゃあ呪いを解いてくれるってこと?」

「……っと、それは」

言葉に詰まり、虚空に視線を彷徨わせるアテナ。

(まぁ、呪いは不可逆だものね、いつだって)

神界に身を置いている者として、メドゥーサもそれは分かっていたことだった。稀に解けるものも存在するが、気の遠くなるような手順と素材が必要になる。余程のことがない限りは無理なのだ。

「意地悪言ってごめん。そこはもういいよ。見て分かると思うけど、私もう結構蛇に愛着湧いちゃってるし」

「あっ、でもね!」

そう言うとアテナはポケットから小さな箱を取り出し、蓋を開く。

「見てこれ!石化防止の魔石で作ったコンタクトレンズ!」

「……えっ?」

それはかつてメドゥーサも依頼していたものだった、のだが。

「あんたこれいくらしたのよ……高すぎて私断念したんだけどこれ」

「忘れてるかもしれないけど私、女神だよ?」

女神だからお金があったのか、女神ゆえのなんらかの特権を発動したのか、はたまた────。

薄ら寒いものを感じたメドゥーサは、これ以上の追求をやめた。

「じゃあもらっとくわ」

「これで仲直りってことでいい?」

メドゥーサはさきほど貰ったコンタクトレンズを装着すると、アテナの目をじっと見据える。

視線を合わせることで相手を石化する呪いの目。

『見る』ことに特化した呪いのせいか、心を読めるとまではいかなくとも、目は口ほどに物を言うを体感できるようになっていた。

(……うん、この目は嘘じゃない)

父であるゼウスに言われて謝罪に来たとは言っていたが、その目に嘘の揺らぎは見えなかった。ゼウスに背中を押されて早まっただけで、それがなくとも彼女はここへ来ていただろう。

「───じゃあこれで打ち止めね、私たちの因縁は」

「!」

「ちなみに今から街に行こうとしてたんだけど一緒に行く?」

「行く!」

「今日はポニテにしようかな」

「えっすご!1匹の大蛇になった」

「まぁだてに数百年この子らと生きてませんから」



仲睦まじく街へ向かう2人の背中を、1羽の白鳥が感涙しながら見ていたとかいなかったとか。

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