妻の料理は世界で一番美味かった

昼月キオリ

妻の料理は世界で一番美味かった



涼太(りょうた)(28)「今日も美味しかったよ」

美衣子(みいこ)(28)「ありがとうりーくん」


僕が美味しいと言うと妻が嬉しそうに笑う。

結婚してから毎日同じやり取りをしていた。


妻の笑う顔が見たくて美味しいと言ってるのではない。

本当に美味しいのだ。

妻は料理家ではないしレストランで働いた経験もない。

決して特殊な調理法はなく家庭の味だった。






「結婚して一年だもんな、最初は浮かれてるからそう感じるんじゃないか?」

「一年か二年もすればそう思わなくなるよ」


僕より数年早く結婚した友人二人にそう言われていたが

二年経っても四年経っても僕の気持ちは変わらなかった。

違うんだ、本当に妻の料理は世界で一番美味しいんだよ。





結婚してから六年が経った頃、妻の病気が発覚した。

余命は一年だった。

それからはあっという間に一年が過ぎて妻は亡くなった。





それから二年が経った。

ずっと塞ぎ込んでいた僕に両親は言った。


母「まだ若いんだから新しい奥さんを探したら?」

父「いつまでも塞ぎ込んでいても何にもならないぞ、新しい人と出会えばきっと気持ちも前に進める、だから頑張れ」



友人達の声も両親の声も昔から僕の心には届かなかった。

いじめられた時も、仕事で上手くいかなかった時も。



僕の心に届いていたのは美衣子の声だけだった。






諒太「美衣子は落ち込んでばかりいる僕に嫌気が差さないのか?」

美衣子「んー、落ち込んでるりー君もりー君の一部だからなぁ」

諒太「僕は前を向かなきゃって思うのにできないんだ」

美衣子「無理に前を向かなくたっていいんじゃないかな?」

諒太「美衣子だって明るい恋人の方がいいだろ?」

美衣子「私は今のりー君が好きだよ、

明るくなってりー君が辛くなかったらそれでもいいけど

頑張って明るく振舞ってりー君が辛い思いするのは私も辛いよ」

諒太「美衣子はいつも寄り添ってくれるな」

美衣子「だってりー君が大好きだもん!

だからね・・・その・・・」


すると急に美衣子がモジモジし始めた。


諒太「うん?どうかしたのか?」

美衣子「あのね、りー君、結婚しようよ」


僕は自分の体調もメンタルも仕事ももっと上手くいってから結婚がしたいと思っていたけど

一生懸命に想いを伝えてくれた彼女を見たら

そんなことどうだって良くなった。


こんな風にいつだって美衣子は僕を励まし支えてくれた。






美衣子「あはは、今日のハンバーグ、形崩れちゃったね、キャベツも千切りって言うより乱切りみたい」

諒太「でも美味しいよ」

美衣子「本当?良かったー」


ほっと胸を撫で下ろす妻の仕草が可愛いて仕方がなかった。


諒太「世界で一番・・・」

美衣子「え?」

諒太「世界で一番美味いよ」

美衣子「やだぁ、りー君ったら、そんなお世話言わなくてもいいのに〜」

諒太「ムッ、本当だよ、本当にそう思ってる」

美衣子「あらら、りー君拗ねちゃったの?

ってことは本気で言ってくれてたんだね・・・ありがとう」

諒太「だから、これからも作って・・下さい」

美衣子「あはは、なんで急に敬語〜?」

諒太「何となく」





妻の料理は美味しい。

それは今でも変わらない。

どんな高級料理よりもパーティーの料理よりも

君の料理は世界で一番美味かったよ。

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