第4話 悪役令嬢は元気になる

 お風呂から上がって、ホッと一息。

 冷めていた身体は完全に温まっていた。

 バスタオルでアルルの髪の毛を拭いてやる。アルルはされるがまま、受け身になっていた。文句を言うことなく、受け入れる。

 いつもはドリルみたいなツインカールなのだが、ヘアアイロンはここにないし、そもそもその髪型にしたら店長にアルルがアルルだってバレちゃうし、お団子ヘアにしておく。

 後頭部にお団子を作った。案外似合う。


 「はい、オッケー。ちゃんと拭けたから服着ていいよ。あ、そこにあるのがウチの制服ね。さっき店長も言ってたけどサイズ合わないかもしれないからとりあえず着てみて」


 お店で統一されている制服。

 給仕服みたいものだ。

 デザインもそんな感じ。まあ私が給仕服をイメージしてデザインしたのでぽいのは当然なのだが。


 アルルは袖を通す。

 特に問題なく着こなせている。

 ピチピチでもなければ、ブカブカでもない。


 「ピッタリですわね」

 「そっか、なら良かった」


 素材がいいから似合っている。

 金色の髪の毛に給仕服という組み合わせは果たしてどうなのだろうか、と一瞬過ぎったが、そんなの杞憂だった。


 私も着替えて、お店の方に出る。

 外はまだ雨が降っている。そのせいで今もお客さんは来ていない。

 下手したら今日は来客数ゼロな可能性がある。

 まあだとしても事務仕事はあるのだが。


 「おお、やっと戻ってきたな。なんだ似合ってるじゃねえか」

 「ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げる。

 それと同時にぐううううううう、とまたお腹を鳴らした。


 「なんだ腹減ってるのか。ハル、なんか作ってやれ」

 「……いいんですか? 店長」

 「どうせ暇だし、いいだろ」

 「店長がそう言うなら……」


 本当はデスクの中にあるお菓子でも与えようかなと思っていたのだが、なにか調理していいと許可を得たならしっかりとしたものを食わせてやりたい。

 お菓子じゃ腹を満たせても栄養までは補給できない。


 「なにか苦手な食べ物はある?」


 と、隣にいる彼女に確認をする。

 アルルは首を横に振った。


 「文句を言えるような立場ではありませんわ」


 いや、普通にあるなら言って欲しいんだが。

 せっかく作って、苦手なものを嫌な顔して食べられるくらいなら最初から入れない方がいいし。とはいってもこうなった以上、私がなにを言ったとしてもアルルはなんでも食べると言い張るんだろうな。


 「ああ、辛いものが苦手って言ってたっけな」


 ゲーム内の設定をぼんやりと思い出す。

 アルルのことは嫌いだったから、キャラクター設定などは一切目を通していない。見ても素通りだった。

 だからはっきりとは覚えていないが、そんなような気がする程度の記憶は残っている。


 抽象的ではあるが、まあこれで大地雷を踏み抜くことはなさそう。


 適当にチャーハンもどきでも作っておけばいいか。

 美味しいし、辛くないし、手軽だし。

 お店の裏側にあるキッチンへ足を踏み入れ、冷蔵庫を開ける。

 中にある具材を確認しながらそんなことを思った。




 ちゃちゃっと作って提供する。

 ほかほかのチャーハンもどきのできあがり。

 ここは異世界といっても『FIRSTLove』の世界。冷蔵庫や電子レンジ、コンロのような家電類は当然のようにあるし、お米も主食として食べられている。日本人が日本人のために作った乙女ゲーなだけある。

 さすがにチャーハンの素はないが。


 「なんですのこれ?」


 アルルは首を傾げた。


 「庶民の食べ物ですよ」


 私はアルルに耳打ちをする。

 チャーハンと言ったところで通じないだろうし、それでいい。


 「ふぅん、そうなのですね。ではいただきますわ」


 手を合わせる。

 貴族だっただけあって、マナーはしっかりと守るようだ。

 その所作に気品を感じる。


 スプーンを使って食べる仕草でさえも輝いて見える。


 「上品だな」


 店長も少し驚いたような顔をしながらアルルを見ていた。


 「嬢ちゃん、貴族みたいだな」

 「いえ、違いますわ」


 私は一瞬、バレたか!? なんて思って一人で焦ってしまったが、すぐにアルルは否定した。


 「まあ貴族様はこんなところに来たりしないわな」


 お団子ヘアにしておいて良かった〜。と、ちょっと前の自分に親指をグッと心の中で立てた。




 「美味しかったですわ。もしかしてハルは凄腕の料理人なのかしら?」


 ぺろりとチャーハンもどきを食べ終えたアルルは瞳をキラキラさせながら問いかけてくる。

 ただご飯を炒めて、卵を入れて、冷蔵庫にあった肉やら野菜やらを食べやすいサイズにカットし、塩コショウをふりかけただけなのだが。

 そこまで賞賛されるような料理でないことは自覚していた。

 だから最初は高度な煽りなのかと思った。悪役令嬢アルルだし、そういうことは平気でしてくると思ったが……。アルルの表情を見るとそういう考えは簡単に吹き飛ぶ。

 本気で賞賛してるんだってのが伝わってくる。


 「しがない事務員だよ」


 苦笑する。

 普段からいい料理を食べているから舌が肥えているもんだと思ったが。やっぱりあれか。空腹はなによりも最高のスパイスってわけか。


 「……見てたら私も食べたくなってきたな。ハル、私の分も用意してくれ」

 「ええ、店長。用意してないんですけど」

 「ないなら作ればいいだろう?」


 雇ってもらっている以上、とやかく言えなくて、仕方なしに受け入れる。

 材料はまだ余っているし。


 「ハル。わたくしも……その、恥ずかしながらおかわりをいただけると嬉しいですわ」


 アルルは恥ずかしそうに、そしてどこか申し訳なさそうにおずおずと手を挙げた。


 「じゃあ二人前作ってきます」


 私はそう言ってキッチンに向かった。



◆◇◆◇◆◇


 アルルに飯を食わせ、奥の部屋で眠らせ、その間に仕事を終わらせる。

 客数が少ないとはいえ、仕事量が変わるわけじゃない。

 結局仕事が終わったのはほぼ定時丁度だった。

 遅刻した分を考えればまあ妥当な時間だとは思う。


 夕日が店内に差し込む。

 雨はもう上がっていた。雨上がりの夕方って……いつもより夕日が輝いて見える。


 「じゃ、お疲れ様でした。お先にあがります」


 事務室から出てきた私はそのままお店の外に出ようとする。

 カウンターで頬杖を突いて暇そうにしていた店長は慌てて立ち上がり、ばーっと私の元へ駆け寄る。


 「まてまてまてまて」

 「はい?」


 なにか変なことでもしただろうか、と首を傾げる。心当たりはない。

 今日もいつものようにしっかりと仕事をこなした。

 大きなミスをした覚えもない。少なくともここで呼び止められて説教されるようなことは断じてしていない。


 「あの子、どうするの?」

 「あの子って?」

 「ほら、ハルが連れてきた。そこで寝てる子」


 店長の視線の先にはアルルがいた。ソファで気持ちよさそうに寝ている。


 「どうするもなにも。知りませんよ」

 「え、知らないって。置いてくつもり?」

 「置いていくというか。彼女次第というか……」


 私がやったのはあくまでも風邪をひかないようにするだけ。ついでに空腹を満たしてあげたけど。

 あとは本人がどうにかすべきなのだろう。そもそもアルルはここに居ていい人ではない。公爵令嬢だ。自業自得で追い出されてしまったが、反省して謝罪をすれば家にくらいは入れてくれるだろう。なんだかんだあそこの両親はアルルに甘かった記憶があるし。

 さすがに学園に戻るのは無理だと思うが。


 「拾うだけ拾って捨てるとか畜生か?」

 「いや、捨ててないです。拾って、巣立つ支援をしただけですよ」

 「変わんないぞ、変わんない! 責任もって連れ帰れ」

 「え、嫌ですけど」


 アルルに同情はするが、嫌いという感情が消えたわけじゃない。

 だから、彼女を家に連れ帰るという選択肢はない。


 ワーワー騒いでいると、アルルは目を覚ます。


 「ハル、もう帰りますの?」

 「うん」

 「待ってくださいまし。わたくしも準備しますわ」


 眠そうな目を擦りながら、ゆっくりと上体を起こす。

 アルルは私の隣にやってきた。

 動くことのない私のことをじっと見る。


 「ハル、行きませんの?」


 まあ外に出なきゃいけないのはアルルも同じだし。

 そう思って、二人揃って外に出た。






 夕焼けの下、歩く。

 アルルは私の隣に並ぶ。

 街行く人たちは、アルルのことを二度見する。だけれど、誰もアルルだとは気付いていなさそう。やっぱりここに貴族が、しかも公爵令嬢がいるだなんて思っていないのだ。


 しばらく歩く。

 ここを右に曲がらないとエルサレム家のお屋敷には辿り着けないなあ、って道を私と一緒に真っ直ぐ進む。ここを左に曲がったらエルサレム家からさらに遠ざかるなあってところを私と一緒に曲がる。こっちに行ったらエルサレム家のお屋敷も、王立学園も遠くなるよ……ってところでさえも私に着いてくる。どこまで行っても着いてくる。ゲームの連れ歩きでもしているような気分だ。


 「……アルル、どこまで着いてくるの?」


 さすがに気になって声をかける。

 同時に足を止めたアルルは吃驚していた。ぽかんと、口を開ける。目も見開く。


 「ハルの自宅までお伺いするつもりでしたが」

 「……いや、私。上げないよ?」

 「え」


 アルルの表情は一気に強ばった。


 「申し訳ありませんわ……わたくしったらてっきり拾っていただけるものだとばかり。図々しい勘違いをしていましたわ。でもそうですわねよ。ここまで良くしてもらって、さらに家にまでお邪魔しようだなんて……あまりにも都合の良い考えですわね」


 アルルの声は震えていた。

 深々と頭を下げる。


 「お世話になりました。ハルがいなければ、わたくしは間違いなく野垂れ死んでいたことでしょう。わたくしを助けてくださったこと感謝いたしますわ」


 アルルの背中は遠くなる。夕日はいつのまにかどんよりとした雲に隠れ、辺りは暗くなり、すぐに姿が見えなくなった。


◆◇◆◇◆◇


 「ただいまー」


 帰宅した。

 今日は色々あった。悪役令嬢を見つけ、拾い、助けた。

 初めて『FIRSTLove』の世界っぽいことを体験した。

 主要キャラクターで初めて顔を合わせることになったのが、一番嫌いだったアルルというのはなんとも私らしいなあと思う。


 ぽたぽた、と外から音が聞こえる。


 「…………」


 そっちに意識を向けたのと同時にバケツを引っくり返したような酷い雨が降り注ぐ。

 真っ先に思い浮かべたのはアルルだった。

 一人で、傘を持たさずに、放り投げしまった自覚はある。


 あのまま真っ直ぐエルサレム家のお屋敷に向かっていれば、ギリギリこの雨にぶち当たることはないと思うが。もしも帰っていなかったら。もしも完全に勘当されて家にさえ入れてくれていなかったら。


 心配と不安が過ぎる。

 気を紛らわすために作り置きしてあったお茶を飲む。

 それでも気になるものは気になる。


 「なにこれ、呪い? 悪役令嬢の呪い? そういうこと? そういうことなの?」


 アルルのことは嫌いで、大っ嫌いで、家に連れて来るなんて言語道断。私が譲れる中で最大限のサポートをしたつもりだった。捨てられたところから、立ち直るまでの道筋を作ってあげたつもりだった。

 だからいい。これでいい。そう思っていたのに。


 「……」


 いてもたってもいられない。


 傘を持って、家を飛び出した。

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