大っ嫌いな悪役令嬢が破滅エンドを迎え、捨てられていたので拾って飼う話。

皇冃皐月

第1話 悪役令嬢は捨てられていた

 「クソッ! またアルル邪魔してきやがった! なに? なんでこんなに私の邪魔すんの。ウザイ、キモイ!」


 乙女ゲー『FIRSTLove』をプレイしていた私は、コツコツ上げていた攻略対象の好感度をゼロにするイベントに遭遇してコントローラーをぶん投げていた。

 発生源は悪役令嬢アルル・エルサレム。

 ヒロインに嫉妬したアルルがヒロインを貶めようとして、まんまと私は引っかかってしまった。


 本当に……この悪役令嬢が嫌いだった。

 ピーマンよりも、会社よりも、ネチネチうるさい上司よりも。このアルル・エルサレムが嫌いだった。


 この時の私はまだ知らない。

 アルル・エルサレムを拾うことを。


◆◇◆◇◆◇


 日付が変わる頃に帰宅し、ビールを呷りながら『FIRSTLove』をプレイするという不健康生活を送っていた。きっとそれが祟ったのだろう。突然心臓が悲鳴をあげ、ビールを顔面に被りながら倒れた。


 「オーッホッホッホ。平民のくせに生意気ですのよ。貴方にはこの飲みかけの水を頭から被るのがお似合いですわ〜ッ!」


 という悪役令嬢アルル・エルサレムのボイスを耳にしながら……私は死んだ。


◆◇◆◇◆◇


 そして『FIRSTLove』の世界に転移してきた。

 というのが、一年前の話。


 当時、この世界に転移するのなら、ヒロインとか親友キャラとか、攻略対象とか。

 とにかくなんでもいいから、学園内のキャラクターに転移したかったが、残念ながら私は元の身体そのまま転移してきてしまった。転移というかほぼ召喚みたいだった。

 前世のままである。身長も体重も顔も髪型もなにも変わりはしない。


 身元不明な平民がゲームの舞台である王立学園に通うことなんてできるわけもなく、かと言って異世界特典のような特別なチート能力が付与されているわけでもない。

 今の私にあるのはゲームの知識だけ。

 でもその知識は学園に通えないんじゃなにも役に立たない。


 なので、諦めて普通に暮らすことにした。

 チートで無双するわけでもなく、学園で攻略対象を落とすわけでもない。ただのんびりと平民として、『FIRSTLove』に登場するモブとして、異世界をエンジョイするだけ。


 今はこう懐かしむように語っているが、異世界転移してきた最初はとても苦労した。


 力があるわけでも、人脈があるわけでもない。


 すべてゼロから築き上げる必要があった。


 仕事を探し、寝泊まりできる場所を探し、人として最低限の生活を送るところから始めた。

 そこからは全力で仕事をして、人と関わるようになり、人脈が生まれ、認められて、人並みに暮らすことができるようになった。


 最初はなんてことをしてくれたんだと思っていたが、前世は前世で幸せだったとは言えなかった。蓄積がある分、前世の方が幾分かマシというだけ。

 こっちの世界でそれなりに仕事をして、それなりに暮らせている環境に有難みのようなものを抱き始めていて、


 「この世界も悪くないな……」


 なんて思うようになっていた。


◆◇◆◇◆◇


 雨が降る中、仕事へ向かう。


 最近は仕事が楽しくなっていた。

 とあるお店の事務を担当している。

 前世では、サービス残業も休日出勤もしたくないのにしていたが、こっちの世界では仕事が楽しすぎて毎日やってもいいと思えてしまう。

 天職ってのは存在するんだなあ、とこっちの世界に来て知った。

 もしもあっちの世界でそれを知っていたら。過労で倒れてこっちの世界に来ることなんてなかったんだろうなあ。



 お店近くまでやってきた。


 さあ、あと少し。そう思った時。

 ふと私は足を止めた。


 路地に入ってすぐのところで蹲っている女の子が視界の端っこに入った。

 あまりにも異質で、幻覚でも見ているのかと本気で思った。目を擦って、改めて見る。そこにはやっぱり体育座りで縮こまっている女の子がいる。

 防水性のないフードを被っている。それからちろっと金色の髪の毛が零れていた。その髪の毛に雨水は溜まり、ぽたりぽたりと地面へ垂れる。それがまるで泣いているように見えた。


 そんな彼女は雨でビショビショになっていて、そのままだと絶対に風邪を引くよ……って風貌だった。

 雨も滴るいい女って言葉があるけど、私の視界に入ったその女の子からは全くその良さ? は感じられなかった。


 悲壮感が全身を包んでいる。

 負のオーラを出していた。

 まるで死を待つような。

 大袈裟でもなんでもなくて、本当にそんな感じだった。


 きっと汚れて、破れて、ボロボロになっている服も相まってそう見えているのだろう。


 いつもならこんな面倒事には首を突っ込まない。

 どうせろくでもないことになるとわかっているからだ。


 でも……今日は気分が良かった。

 テンションも高かった。

 だから首を突っ込んでしまった。放っておけないって思ってしまった。


 「お嬢さん。そんなところで座ってたから風邪引いちゃうよ。ほら、傘。貸してあげるから」


 声をかける。

 彼女は膝に埋めていた顔を上げた。


 妙な既視感に襲われた。


 やつれて、目に大きなクマを作っていたので一瞬わからなかったが、すぐにその既視感に気付く。


 「……うげっ」


 アルル・エルサレム。


 『FIRSTLove』の敵役。

 所謂、悪役令嬢ってやつだった。


 この国の公爵令嬢で、攻略対象の一人に恋をし、平民上がりなのにも関わらず攻略対象にチヤホヤされているヒロインに嫉妬して、ひたすらにイジメをするキャラクター。『FIRSTLove』のキャラクター投票で最下位を叩き出す嫌われキャラだ。毎回最下位なので逆殿堂入りを果たしたある意味伝説の2キャラクター。


 「アルル……だ」


 私も例外ではなく、アルルのことは嫌いだった。

 ただ、この悲惨っぷりを目の当たりにすると、嫌いとかそういう感情はどこかへ吹き飛ぶ。

 本能的に手を差し伸べなきゃと思ってしまった。


 「……あら、わたくしのことご存知なのですね。さしずめわたくしのことを笑いに来たとかそういうところでしょうか」

 「いや、私はただの通りすがりの平民で……あ。すみません。敬称を付け忘れてました。というか、そもそも私みたいな平民が気軽に話しかけていい方ではありませんでしたね。すみません」


 徐々に彼女の高圧的な態度の数々を思い出し、陳謝する。

 呼び捨てされることを断固として許さず、平民に声をかけられることを嫌う。絵に描いたような悪役令嬢だった。

 せっかくのんびり異世界ライフは軌道に乗り始めたってのに、不敬罪で殺されたら溜まったもんじゃない。

 土下座でもなんでもしてやろう。その覚悟はある。


 「別に慌てなくていいですわ」


 嘲笑気味だった。

 もうお前の処分は決定してるから今更謝ったって遅いってことだろうか。


 「本当にわたくしを笑いに来たわけじゃないのですね」

 「笑いにって……なにをですか」

 「……わたくしはもう公爵令嬢ではありませんの。エルサレムの家名さえも取り上げられたただのアルルですわ。学園からも我が家からも追放された……アルルですわ」

 「え、えーっと」


 今日は王立歴二〇二五年六月三〇日。

 『FIRSTLove』的にはヒロインが攻略対象と結ばれてエンディングを迎える日。悪役令嬢にざまあをするイベントがあるのはその三日前、六月二七日。

 断頭台で処刑、国外追放、平民落ち、退学など様々なエンディングがある。


 つまり、この世界ではアルルは平民落ちの破滅エンドを迎えたというわけか。

 三日前に追放されて、路頭に迷っていたところ雨が降って、すべてに絶望していた。概ねそんなところだろう。


 ぐぅぅぅぅぅぅぅ。


 お腹が響く。


 「お腹……空いてるんですか?」

 「こ、これは違いますわ」


 アルルはお腹を抑え、頬を軽く赤らめて、目を逸らす。


 「……私の働いてるお店。すぐ近くなので来ませんか。仕事するので大したおもてなしはできませんが、このままだと風邪引いて、空腹で死んじゃいますよ」


 私はそうやって手を差し伸べた。

 この世界で一番嫌いだったキャラクターに手を差し伸べるなんて。想像もしなかったなあ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る