折り畳み傘であなたとすれ違い折り鶴みたいな会釈で済ます

 山形さなかさんがいなかったら、私は短歌を詠む(読む)ことがない人生だった。短歌に興味を持つことがない人生だった。これだけは一つ、確かなことだ。きっかけは、2022年9月に発表された「童話の行為」というネットプリント。それを印刷しに私はコンビニに走り、読んで、打ちのめされた。声に出して読んでも、みた。すごかった。

 短歌じたいは教科書に載っているから知っていて、百人一首も覚えていたけれど、表現技法や時代背景なんて試験対策用の知識でしかなかったから、「詠む・読む」ことには関心が無かった。サラダ記念日(本日7/6)に体現される明るさをまだ分かっていなかった。

 同時に、かつて高校生の時に受けた夏の全統模試で、一度だけ『短歌』をテーマにした評論が出題されたことを不意に思い出した。その時は当然、まったく気にも留めなかった文章だったのに、今になって鮮明に浮かんできてしまうのはなんでだろう。

「短歌や俳句や詩などの韻文が、小説のような散文に比べて、一般に難しいと思われがちなのは、書かれた情報に圧縮がかかっているからだ。それらを読んで味わうためには、圧縮された情報を読者の側で解凍しなくてはならない。」(『短歌の友人』穂村弘)

 短歌とは本当に縁がなくて、私がいずれ「詠む側」に回ることになるとは思いもしなかったぶん、ああ……! そういうことを言いたかったんだな、と今なら分かる気がした。圧縮、そして解凍。たしかに読むこと・書くことが私は好きだが、「詠む」ことは難しいことで、それを鑑賞するなんてもっての外……と敬遠していたのは、この文脈で言うのなら当時の私には「解凍するソフト」が具わっていないから。いや、まだ感性(それに類する何か)が育っていなくて、同時に言葉によって刺激を受ける度合いが、視野が、経験が、可能性が、選択肢が、時間が、余裕が、表現が、伴っていなかったのかもしれない。

 だから、ことばを新鮮なものとして捉え直す機会を与えてくれた短歌、それを教えてくれた山形さんの歌が、(あの頃分からなかった答えをもう一度探し始めるかのような)、すべての始まりだった。

「朝顔を押し花にしてくれたこと象に乗っても忘れなかった 」「自虐でも自慢でもなくダイソーと明かすかわいいねって言われる」「ロッカーがべこべこなわけ誰よりも穏やかな先輩が言わない」……。童話の行為はとにかく全首がよくて、自由なのに、その背景を考え続けさせられ、一人の人生を体感しているかのような、密度の高いものが31文字で生み出されるのか、とただ圧倒された。なぜかそのシーンが浮かんで、分かってしまう。それから、時間を置いてもう一度読んでいると初見とは違う「深み」が生まれて、(本当にこれはなぜなのか未だに解明できないが)、何度も繰り返し読んでいくと、また違う発見をして、違う解釈ができて、一見?な歌も、クリアになったりぼやけたり、ずっと味がする。中高ではまったく感受できなかった、(現代/口語)短歌の魅力を知った。

「すごく観たい映画があって今ここを映画じゃないと認めてしまう」(2022/8/20)

 この歌については、ひとに熱く語ったのですが、でも上手く伝えきれず消化不良で、でもすごく染み入る歌で……。例えば、夢だ!って夢の中で思い込めば起きられる「醒め」とは違う感覚の、手を伸ばした瞬間に、手よりも遠いイメージが急に俯瞰で迫ってくるような、さみしさ。胸がきゅっと締めつけられるような、何かを手放しているような。

 それから、本作について。

「新宿であなたを見失って以来メリーさんはNewDaysにいる」から入った私にとって、一首目は近しさを覚えた(はぐれたのはあなたか、わたしか)。石は、「アーティスティック石積み選手権決勝、賽の河原よりお送りします」のようで、石本来の装い、そのつよさだ。「後ろめたい肯定を得て行く時のわたしの影のコールタール」よりもつよい肯定がここにあり、「傘持って出た人そうでない人が一つしかない駅の出口で」、さらに傘は区別され、色が生まれ、ワクワクする。「死んだ人に何を死んどんねんと思うことが日課で、紫陽花の月」のツッコミが反転して希望となって「たばこ屋の蔦に飲み込まれたチャリが原風景で異彩を放つ」ような、チャリの懐かしさよ。ちなみに、どっちのきらきらだったんだろうと思う、「情だった 水面の上のきらきらか中のきらきらかを話せば」。たまにマイナスかけるプラスのせいで、マイナス側に寄って「川の向こうは歓楽街のアパートで破滅したいよねって笑った」。主治医であっても、「飛べないのに生きててすごいとか鳥に思われてたら嬉しいのかも」しれない。「いつかの夏いつかの人をいつか、って手触りのまま思い続ける」のなら、戻るのも良さげだろう。(以上、短歌条例のように過去作を引用して対比させて頂きました。)

(題は、いちごつみさせて頂きました。)