第6話

 オリヴァー・ノイラートは眠りについたルイーゼを観察していた。


(かなり痩せていますね。平民よりも栄養状態が悪い)


 やせ細った手首は痛々しいほどに骨ばっている。

 医務室まで運んだ時も羽のように軽かった。


「先ほどの話は、きっと真実なのでしょうね」


 ルイーゼの髪をそっと撫でると、医務室の扉が開かれた。



「オリヴァー、彼女の様子はどうだ?」

「殿下」


 医務室に入って来たのは、この国の皇太子ダニエルだ。

 ルイーゼの姿を見ると、心配そうに眉を下げる。


「先ほど一時的に目を覚ましていましたが、また眠ってしまいました。医者によれば魔力消費による過労だと。良く寝て栄養を摂れば問題ないそうです」


 オリヴァーの説明を聞いて、皇太子の表情は明るくなる。


「そうか! この娘はお前と妹の命の恩人だ。お礼をしなければな」

「そうですね」

 

 オリヴァーがちらりとルイーゼに目を向けると、彼女は幸せそうな笑みを浮かべて眠っていた。



◇◇◇



 パーティーの途中、オリヴァーは皇太子とミラン王女とともにバルコニーにいた。

 社交場デビューをしたばかりの王女ははしゃいでいたのだろう。持っていた扇子を風に飛ばされ、バルコニーから身を乗り出したのだ。


「ミラン!」

「キャーッ」


 皇太子の位置からは手を伸ばしても届かない。

 オリヴァーは王女を思い切り引っ張り、反動を使って自らの位置と入れ替えたのだ。


 下には鋭利な柵が待ち構えている。


(王族を守るのは臣下として当然ですが、もう仕事は出来ないかもしれませんね)


 オリヴァーは冷静だった。

 どう受け身を取るべきか考えていると、ふと、遠くからこちらを見ている女性と目があった。


(なんでしょう?)


 その瞬間、まるで時が止まったようだった。

 彼女はオリヴァーを見ると柔らかく微笑み、眩い光を放ったのだ。


「……っ!」


 眩しさに目を細めると、白い光の花がオリヴァーを包んだ。

 そして気がつくと、ゆっくりと地面に降ろされていたのだ。


「魔法? 今のは誰だ?」


 オリヴァーが先ほどの女性の方を見ると、彼女はその場にゆっくりと倒れこんだ。

 

「お嬢さん? しっかりしてください!」


 オリヴァーは彼女に駆け寄って、医務室へと運び込んだのだった。



◇◇◇



「オリヴァーはこの娘と話したのか?」

「えぇ少し。彼女はアンダーソン家の令嬢でした」

「ああ! それで魔法を……。だが、見たことがない顔だな。あそこは一人娘じゃなかったか?」


 皇太子が怪訝そうな顔をする。

 ルイーゼを見て「訳アリか」と呟くあたり、皇太子の観察眼は侮れない。


「彼女は今日、結婚相手を探しに来たようです。見つからなけば売り飛ばされるのだと。……だから僕が結婚相手に名乗り出ました」

「は!? あの、女嫌いのお前が? 『血も涙もない冷徹宰相』のお前が?」


 皇太子が驚いたような声をあげる。オリヴァーは嫌そうに顔をしかめた。


「何ですか、その呼び名は? 僕はまだ宰相代理だというのに」

「細かいなあ。俺やミランのもとにまで噂が届いているのだから、結構有名だぞ。まあいい。お前がこの娘を気に入ったのはよく分かった。何にせよお前が結婚すれば、お前の父も安心するだろうな」

「えぇ」


 オリヴァーの父は少し前から体調を崩して療養している。

 宰相と言う立場に穴を開けるわけにはいかない。だから息子のオリヴァーが代理を務めていたのだ。


『お前が早く結婚してくれれば、そのまま隠居できるんだがな』


 父は冗談交じりに言っていたが、半分は本音だろう。

 だからオリヴァーは結婚相手を探していたのだ。


(その点ではルイーゼと同じですね)


 夢だと勘違いして楽しそうに笑う彼女を思い出し、口の端が上がる。


「冷徹宰相がにやけている。こりゃあこの娘も逃げられないだろうねー」

「人聞きが悪いですよ。でも……そうですね、まずはアンダーソン伯爵とお話する必要がありそうです。それまでルイーゼを預かってくれますか? 王女の客人として」

「皇太子使いが荒いなー。まあいいや、ミランもこの娘に会いたがっていたしね。手配しておくよ」

「では、よろしくお願いいたします」


 オリヴァーはにっこりと口角を上げると、皇太子は「おぉ怖い怖い」と言いながら退室していった。



「さて、ルイーゼ。もう少し待っていてくださいね」



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