第8話 女神様降臨の日(第三騎士団長イリス)


 熱帯にありながら雪を抱く高山も見え、水に恵まれ農作地が広がる豊かな国。

 ラビオカ王国は今、滅びに向かっている。



 突然森の奥地に現れた、強大な魔物たち。

 国の各地が混乱するなかで、都では醜い王族の争いが続いていた。

 そこで私は、命を狙われていた第二王女を匿い、領主が穏健なタニワに送り届けることにした。

 タニワの近くに魔物が現れたという噂を使い、形式上は討伐隊として都を離れたのだ。


 しかし、我々の浅知恵はバレていたのだろう。

 都の守護のためと称して大半の団員は連れて行けず、たった九名での出発。

 そして、我々が来るのを知っていたとしか思えない、盗賊団の待ち伏せ。

 旅慣れない王女を車に乗せ、通過する街に人員を割いて伺いを立てなければならない我々が、用意周到な盗賊に襲われた。王女を護り通すことは絶望的だっただろう。


 しかし、我々は盗賊団を捕縛し、王女を無事にタニワに送り届けた。

 それは女神を自称するとんでもなく怪しい女のおかげだった。



 明らかにその場の思いつきで、ミューと名乗りだした女。

 私は女なのに大柄で、そのせいで未だに独身のままだが、そんな自分より背が高い。正直、最初に見た時はどっちなのか判断できず、盗賊団と一緒に縛ってしまった。

 一応、すまないと思っている。


 ミューは見た目は確かにその名の女神様に似ていて、恐ろしいほどの美貌ととんでもない身体。なのに口調は男そのもので、下品でいい加減で騎士団への敬意も畏れもない。

 少なくとも、この女がただ者でないことは分かった。

 だから彼女の言う通りにミュー様を祀る教会に預けた。「本物」かどうか試したくなった。


 そして翌日。

 ミューは教会のシスターと一緒に職安にいた。

 私は彼女に最期を託すことを決めた。


 ミュー様はラビオカ王国だけではなく、恐らくは全世界に石像が立つ古い神だ。

 偽物を許さず、他の神を自分の手下として扱う傲慢の神で、シスターになることは不幸とまでささやかれている。

 なのにシスターは晴れやかな表情で、あのミューを認めていたのだ。

 我が儘な邪神として他の教会からは散々な評価、だけどその暴力で人々を救う――――。一晩経ってもとてつもなく口が悪く、そのくせ逃げ出す気配もなく悠々と生きている女。その非常識に私は頼ってみたくなり、討伐隊に無理矢理引き込んだ。



 討伐隊としてミューと歩いた道筋は、この堕落した自称女神に影響されたのか、とてもだらけた時間だった。

 王女救出の方便のつもりだった討伐隊が、いつの間にか本当に死を覚悟した決死の旅に変わったのに、自分の心は穏やかだった。


 それは…、ミューの得体の知れない力に触れたからかも知れない。


 ラトルにミューと二人乗りしたのは、一応は同じ女性だからだったが、それだけではない。

 他の団員たちは、ミューを残念美人としか見ていない。

 明らかに人間とは違う気配を感じているのが自分だけだから、確かめてみたくなっていた。


 そして彼女の無駄に豊満な身体にしがみつかれた時、私は知った。

 自分の背中に怪物がいると。

 鎧越しに密着するだけで魔力が流れ込んでくる。こちらは求めていなかったし、彼女も流そうと思っていない。それなのに入り込んでくるのは、圧倒的な魔力量の差があるからだ。

 ただ移動しているだけで、自分の力が強まっていく。

 これなら魔物との戦いも…と、その時までは勘違いをしかけた。



 現実は残酷だ。


 山の笹原の彼方にいる強大な魔物。

 新種のドラゴンに似た魔物は、およそ人間が戦える相手ではない。無理矢理につれてきたミューに、ただ謝るしかなかった。


「最後の質問だ」

「え?」


 だけど、何もかも思ったようにはいかなくて。


「イリスだ。第三騎士団の団長イリス・ビアテッドだ」

「そうか。ちなみに俺の名前はミュー様だ。覚えておけ」


 知っている…とは言えなかった。

 私はその瞬間、ミューが本当に女神に思えた。


 私は団員を逃がして、責任をとるつもりだった。

 なのに団員は一緒に戦うと言い、そして人が変わったように説教くさい台詞を吐いたミュー。もしも無事に帰ることができたら、きっと私は教会で懺悔する。


「俺は女神様のミュー様だ。ぽっと出の魔物に負ける気はしない!」

「「おおっ!! ミュー様!! ミュー様!!」」


 団員たちもいつの間にかミューのノリに巻き込まれておかしくなっていた。

 私は一緒になって叫び出しそうになるのを必死に抑えていた。



 ただし、ミューは想像以上にいい加減な神だった。


「だからイリス、俺に魔法を教えろ!」

「はっ!?」

「いいかイリス、今の俺に使える魔法は汚れをぽぽいのぽいする「失せろゴミクズ」だけだ。しかしあの魔法は危険だ。お前たちもゴミクズ扱いされてぽぽいのぽいされる可能性が高い!」

「「ゴミクズ! ゴミクズ!」」

「だからイリス、俺の前で技名を叫びながら魔法を使ってみろ! 女神様が真似してやる!」

「はぁ………」


 魔物を前にして魔法を教えろ? 正気とは思えない叫びにゴミクズコールに包まれ、私は思考を放棄した。

 いや、それでも最初に結界魔法を発動したのだから、まだ理性は残っていたはず。


「来たれ結界! アノクタラサンミャクサンボーダイアノクタラサンミャクサンボーダイ、我らを守護せよ!」

「むぅ」


 明らかにいつもより威力があった。目の前にもやがかかるほどの結界なんて見たこともない。だけど魔物の攻撃を防げるかと言われれば分からない。


「で、では攻撃魔法を…」

「イリス! 時間がない。もう一度結界魔法を唱えろ」

「しかしそれは」

「背中から俺の力を注ぐ。心配ない、やったことないが成功するかも知れないし、失敗すればどうせ全滅だ!」

「あ、ああ」


 なんていい加減な奴なんだ!

 私はもうお前に夢中だ!


「ならば頼んだミュー様! 来たれ結界! アノクタラサンミャクサンボーダイアノクタラサンミャクサンボーダイ、我らを守護せよ!」

「守護しやがれ、俺はエロエロ女神だぞっ!!」


 呪文を唱えながら、途中で意識が飛びそうになる。

 肩に触れた指先から得体の知れないものが流れ込み、そして何だか分からないうちに外に出ていく。

 目の前は真っ白に。

 気がつくと、どこの城壁かと思うような結界が生まれ、次の瞬間にはその結界が赤いのか黒いのかよく分からない闇に覆われた。


「ったく、ギリギリだったぞイリス。まぁいい、反撃だぜ! 楽しくなってきたなぁオイ!」

「た、楽しい!?」

「「イリス様! イリス様!」

「お前らもっと盛り上げろ! 我らが騎士団長様の勇姿を目に焼き付けろ!!」

「「団長! 団長! 団長!!」」


 もうどうなってもいい。

 団員のヤケクソなコールを背に、まずは身体を落ち着ける。


「おいイリス。針のように刺せる魔法はあるか?」

「針のように?」


 そこでミューに問われて、困る。

 私が学んだ魔法は炎と水を操るものだが、そんな細くは操れない。むしろ…。


「ミュー。魔力そのものを放つなら可能だ。ただし普通にやれば一瞬で魔力が枯れる」

「ならばお前が破裂するまで注いでやる。いくぞお前ら、団長が本気を出す!」

「「おおっ!! イリス様!!」」


 国で一番の魔法使いでも数秒で倒れるという禁忌魔法だ。

 もうなるようになれ。


「呪文は? 格好いいのを頼むぜ」

「そんなものはない。これは魔法とも呼べない、ただ外に流すだけの外法だ。行くぞ!」

「おう! 外法は浪漫だ!!」


 わけの分からない台詞を背中で聞きながら、私はただ両手を魔物に向けてのばすだけ。

 そして、体内の魔力を腕に流してそのまま出す!


「うぉっ!?」


 噴水の水のようなイメージで放出したはずが、白い線がまっすぐのびた。

 とんでもない力が流れていく。


「おい、魔物に向いてねぇぞ」

「あ、ああ」


 ミューにそう言われて我に返ったが、そこで困る。

 あまりに強い魔力を放っているせいで、魔物の位置がまったく分からなくなってしまった。

 オロオロしていると、後ろから羽交い締めにされる。


「なっ、何!?」

「俺が合わせてやる。とにかくお前はただ放て! もっとやれる!」

「あ、ああ」


 その瞬間、前に押されたような圧力を感じて、そして白い線が丸太のような太さになる。

 自分の腕はもう限界なのを、強引にミューが掴んでそして振ると、遠くで何か起きたような感覚がした。


「よし! 俺はこれでも消防車の遊具で子どもに負けたこたぁねえんだ!!」

「お前は何を言っているんだ…」


 最後まで意味不明な叫びを聞きながら、私の意識は失われていった……。





――――――――――――――――――――――――――――――


 なお、その頃御神体は…。

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