第4話 女神は定住を決意する


「ひいっ!!!?」


 寝覚めは悲鳴だった。


「…んだようるさいな」

「そ、そ、そ、そ…」


 うっすら目を開くと、シスターがこっちに向かって指差している。

 まったく、女神を指差すなって学校で教わらなかったのか――――。


「ソーセージ」

「しりとりじゃないです!」


 無駄に返しがうまいのは感心するが、それはともかく勃っていた。

 教会の小汚い床に寝転んで、疲れていたのかなんだか分からないけど小便だしてスッキリしてそのまま寝てしまったはず。

 そして今、横たわった俺の艶めかしい肢体から天を衝く聖剣。元気で何よりだ。


「まぁいい、お前もミュー様にお仕えする身を自称するなら、朝のお勤めとかあるんだろ? さっさと始めるが良い」

「もうしましたっ!」

「何をしたんだ? 女神を起こしもせずに、まさか涅槃…」

「何をい…おっしゃっているのか分かりませんしとりあえずしまってくださいっ!!」


 だから指差すなって言ってるだろうに。

 のっそり起き上がって気づく。

 この女、背が低い…ではなかった。俺がデカい。今さらのような違和感。

 別に昨日と背丈は変わってないはずだ。明るいところで見たから気になるのだろうか。




「旅先で楽しみなことといえば飯だ。そうは思わないかウエイトレス」

「私は旅していませんしウエイトレスではなく女神様にお仕えするシスターです」


 気を取りなおして朝飯。実は地上に落ちて初めて飯を食うわけだ。どうやらこの身体、腹が減らないようなのだ。まぁ女神だから、そんなものだろう。

 で。

 そんなエロエロ女神様にお供えされたのは、なんかの種? 女神ってインコみたいな扱いか?


「すみません、お金がないのです…」

「金はなくともお布施はあるだろう」

「ミュー様へのお布施はこの一年ありません」

「正直スマンカッタ」


 ったくとんでもねぇ駄女神だなぁおい。あ? オレオレ、オレだよオレ。


「とととところで女神様」

「なんだ俺は女神様でミュー様だ」

「………そちらの御方はどのような神様でしょうか?」

「はぁ? 強いて言うならメロン神…って、ああ、そういうことか」


 シスターがまた指差したのは、相変わらずTシャツを突き破りそうな巨大メロン…ではなく、そのTシャツの柄だった。

 うむ。


「これは岩男という。ちょっとしたおふざけで神になってしまったが気のイイ奴だ。たまに空気で膨らんで子どもを遊ばせたりするぞ」

「そ、それは素敵ですね!」


 自分が作ったTシャツがなぜこのデザインなのかは謎だし、今の岩男の知識もどこから転がり込んだのか分からないが、シスターが喜んだならよしとしよう。

 なお、昨日騎士団に連行された時に破けたTシャツは、気がついたら元に戻っていた。汚い床で寝ていたのに臭いもしない。その辺は腐っても女神なのか。いや…。


「昔から思っていたが、お前は俺に仕えるシスターのくせに敬意が足りない。しかも全身が臭い。これでは女神もおさかなくわえて裸足で逃げ出すに違いない」

「ひどっ。あああああのですね、女神様にはこうあってほしくないと願うすべてを体現してくださる有り難い御方が現れてしまって打ちひしがれて、それでも誠心誠意尽くしているというのに」

「鳥の餌食わせておきながら」

「あれは女神様にお祈りを捧げた清い食事です!」

「甕の中に小便させた上に、自分は飛び散った便まみれの地べたに倒れて女神に運ばせた、臭いだけ柔道部員のくせにか?」

「あああああんな不浄なものを見せられたら気絶するに決まっているじゃないですか何ですか柔道部って柔道って何ですか」

「何ですか言い過ぎだぞ、白髪が増えるぞ」

「だだだ誰のせいですか!」

「オーレーオレオレオレーだよオレ」

「歌わないでくださいっ!」


 とりあえず、からかいがいのある奴だというのは分かった。

 日の当たるところで改めて見ると、昨日の賊基準の上玉にはじゅうぶん該当するいい女だ。ただし臭いし、もしかして――――。


「頭が高い控えおろう、そして失せろゴミクズ」

「ひいっ!? ………あ、あれ?」


 成功だ。

 たった今作った魔法「失せろゴミクズ」は、俺がゴミクズ認定したものをどっかにぽぽいのぽいする。

 シスターごと消え失せる可能性も否定できなかったが、身体に付いた垢やフケや寄生虫やらがばいばいきーんしたようで、見たことのない女に変身している。

 というか、シスターの教会服って青かったのか。まだら模様はカビだった…と、新鮮な驚きに包まれた。

 え? シスターより俺自身がぽぽいのぽいだろうって? 心配ない、ゴミクズより女神が優先されるからなざまーみろ。


「掃除してみればいい女じゃないか。今さらだが、お前ほどの女ならこんなぼろ家で乳首の取れた駄女神なんぞを拝まなくても生きていけただろ?」

「……………」


 返事がない、屍のようだ。

 というか、これは聞いてはいけなかった気がする。若い女が世捨て人をやってる時点でワケありなのは定番だ。


「心配するな。お前はこんな奴だが俺様を奉じる貴重な女だ。他の宗派に逃げない限りはお前に寄生してやる」

「寄生じゃなくて女神様は働いてくださいっ!」


 ええっ? 女神って労働者なのか? せんべい食べながら寝っ転がってぐーたらするもんじゃないのか?

 ふむ。


「二つ質問がある」

「な、なんでしょうか」


 とりあえず真顔で質問しようとしたら、ものすごく警戒された。あ、今までと一緒か。

 ただし顔面の黒ずみが取れて髪の毛がさらさらになって、ついでに頸の辺りについていた痣も消えたし柔道着の臭いもなくなった。

 なくなったので、ちょい童顔の小女神くらいの女になって、俺の聖剣もちょい反応した。


「他の神には遭えるのか?」

「出掛けて会えるものではないと思います」

「そうか。……それと」

「はい」


 いるのは確定なのか。面倒だな。ぐーたらしてたら「天罰じゃー」とか追っかけ回される危険がある。いやーまいったまいった。


「お前には名前があるのか?」

「…………」


 その瞬間のシスターの表情は、まるで目の前に聖剣の化身が現れた時のようだったと後の人は語り伝えたという。


「見る者すべての目を背けさせる荒々しくも神々しい女神様の御前で下々の柔道着の小便臭い鳥の餌を食わせる指差し女の名前などお知りになる必要もございませんでしょう」

「お前はお尻になるのか。確かに抱え上げたらいいケツしていたな」

「渾身のイヤミを聞き流されるとはさすが女神様です申し訳ありませんたかが人間が尊き御方に勝負を挑んだのが間違いでした私の名前はユリです」

「そうか。ユリ、世話になるぞ。それと大便も甕に出すのか?」

「なぜそれを一緒に聞くのでしょうかっ!!!」


 むしろ大便だけ聞く方が仰々しいだろうに。

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