鋼鉄意志の結晶
ソルケン
第0話 始まり
四人の男女が、秋空の下でオーセレ市街地を歩いていた。
金髪の精悍な顔立ちの男、坊主頭の男、ボブカットの美人女性、初老のふくよかな女性だ。
「おいおい。力があるといっても限界があるぞ」
坊主頭の男が、文句を言った。
「何をいまさら。それぐらい朝飯前って言ったじゃない」
初老の女性は、坊主頭を見て言った。
「フレヤおばさん。ブライアンをあまりいじめないで」
ボブカットの美人が、微笑んで言った。
「いつものことだろ、クロエ姉さん。フレヤおばさんは、息子をかわいがってんだよ」
金髪の精悍な顔立ちの男は、笑いながら言った。
「おめえ、ふざけんなよ! レイフ。手伝え!」
ブライアンは、口角泡を飛ばしながら言った。持っている紙袋の数と量は、半端ではない。中に入った商品が落ちてしまいそうだ。
「やだよ。お前が荷物を持つ約束だろ? だったら頑張れ」
レイフは、にやりとした。
「はいはい。わかりましたよ」
ブライアンの渋々顔を見て、連れの三人は笑顔だった。
四人は、休暇を合わせて買い物を楽しんでいた。レイフとブライアンは、普段は仕事が忙しく、なかなか休みを合わせられなかった。そんな中で、ようやく機会が巡ってきたのだ。
「もうすぐ夜になっちゃうね」
クロエは、しんみりとして言った。
夕暮れ時で、太陽が西へ隠れつつある。
「楽しい時間はあっという間だな」
レイフは、肩を回しながら言った。
「おい。俺は腹が減ったぞ。夕飯食おうぜ。肉だ肉!」
ブライアンは、早くも近場の外食店を物色し始めている。
「やれやれ。あんたデカくなっても、脳みその中身は変わらないねえ」
フレヤは、目の前にいる巨大な我が子を苦笑いで見た。
「ま、今日は歩きまくったし豪勢にいこう」
レイフは。周囲を何気なく見まわした。このオーセレ市街地は、争いとは無縁に見えた。実際には、周辺国で紛争が起こっているのだが、そんな兆候は今のところない。休暇期間中はずっとのんびりできそうだ。
「ねえ。ちょっとここに寄ってもいい?」
クロエは、ショッピングモール内にある店の前で立ち止まった。
「何か見たいのかい?」
レイフは、店を見た。女性が好きそうな雑貨が売られている店だ。クロエは、それらを集めるのが好きだ。
「時間あまりかけないから」
「いいよ。それぐらいお安い御用だ」
レイフが苦笑すると、クロエはにっこり微笑んだ。
姉の性格上、短時間で済むわけがない。そのあたりは知った上での返事だ。
「マジかよ。早くメシに行……」
「うるさいガキだね。そこに座ってな」
フレヤは、我が子の背中を押して、ベンチに誘導した。
「ちょっと! おふくろ強引じゃねーか?」
「だから、女に振られるんだよ! 少しくらい気遣いの心をもちな!」
肝っ玉のすわったフレヤは、体と戦闘能力ばかり成長した子を叱った。
「おい、それ言うなよ!」
口論を始めた親子尻目にレイフは、ゆっくりと息を吐いた。
(ずっとこうだといいんだけどな)
レイフとブライアンは、軍事作戦に従事している。いざ仕事となれば、気を張り続けていなければいけない。秘密裏に敵国に潜入して、ターゲットを殺す。狙い狙われる立場。
誰かがやらなければいけない仕事とはいえ、続けていれば精神がすり減ってくるのは、当たり前のことだった。
(かといって、今の仕事をすぐにやめるわけにもなあ)
現職は、危険度が高いためか福利厚生は、それなりに良い。いよいよ体力的にきつくなってきた場合は、転職先はボディガードや警備員となる。
(親和性は高いけど、それをやりたいわけじゃない)
体力バカのブライアンなら、カネがもらえるならすぐ飛びつくだろう。しかし、レイフは違った。別の仕事に挑戦するのもアリと考えていた。
(姉さんも新しい彼氏ができれば、お互いに別の人生だ)
クロエは、この間付き合っていた男性と別れた。性格の不一致だそうだ。そのせいか、最近はレイフと過ごす時間が増えた。本人的にはまんざらでもなかった。それに甘えるつもりもなかったが。
「クロエちゃん遅いね。ちょっと様子を見てくるよ」
フレヤは、ブライアンと一緒にベンチに座っていたが、腰を上げてショッピングモールへ足を向けた。
「フレヤおばさん。姉さんは、雑貨見て自分の世界に入ってるから、目を覚ましてやって」
レイフが言うと、フレヤはにやりと笑って歩いて行った。
「あ~、もうすぐ仕事かよ。だりい」
ブライアンは、ベンチに座ってぐったりしていた。
「俺もだ。ボスのしかめっ面なんて見たくないよな」
レイフもベンチに座り、何気なくショッピングモールの方向を見た。
雑貨店の中で、クロエとフレヤが話しており、視線をこちら向けてきた。
レイフは、手を振った。
二人も手を振り返して、笑顔を見せた。
クロエの手には、かわいい犬のぬいぐるみが握られていた。
爆発と閃光が、ショッピングモール内を包んだ。
レイフとブライアンは、もろにその衝撃波に巻き込まれて、ベンチごと吹っ飛んだ。
意識が朦朧とした。立ち上がるのにかなりの時間がかかった。
「……おい。ブライアン生きてるか?」
レイフは、頭を振りながら、相棒のほうを見た。
「クソが……なんだってんだよ」
ブライアンは、頭を負傷し額から血を流していた。
「なんとかな……クッ」
レイフは、右腕を負傷していた。幸い筋は外しているが、出血がひどい。
周辺の人々は、パニックを起こしていた。建物の破片と倒れた人、逃げ惑う人でごった返していた。
「二人は?」
働き始めた脳が、警報を鳴らしていた。
「……おい。たのむぜ」
レイフとブライアンは、破壊されたショッピングモールへ駆け出した。混乱した人々をかき分けて、必死に走った。二人は、雑貨店に入った。内部はもはや見る影もなく、破壊しされつくされて、瓦礫が散乱していた。
「姉さん!」
「おふくろ!」
レイフとブライアンは、散乱した瓦礫を押しのけて、二人を探した。
レイフの視界に犬のぬいぐるみが、チラッと入った。すぐにその近くへ行く。
「姉さん……」
クロエは、大きな瓦礫に挟まれていた。大きな血だまりを作って。
「嘘だ!」
レイフは、クロエの顔に触れた。何も反応はない。血の気を失い、死んでいることは明らかだ。
「うそだろ。目を覚ましてくれよ」
レイフの脳は、事実を認めなかった。
こんなことが、この市街地で起こるはずがない。したがって、この情報は嘘だと。
「おふくろ! おふくろ!」
相棒の悲痛な叫び声が聞こえてきた。
「頼む……誰か助けてやってくれ!」
「うおお! いったい誰がこんなことした!」
涙を流しながら慟哭する男が二人、そこにうずくまっていた。
遠くから、サイレンの音が聞こえてきた。じきに警官隊が到着するだろう。
二人には答えは出ず、無情にも時は、ただ過ぎていくだけだった。
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